ネット漫談『官兵衛とかんべえ』

C情報発信編(掲載:2001.1.1--1.8)



<1月1日>(月)

●新年だというのにインターネットを見ているオタクな諸君。明けましておめでとう。私は戦国時代の武将、黒田官兵衛である。ここへはときどきやってきて、管理人たる「かんべえ」君と雑談をしているので、当HPの古いファンは私のことをよくご存知のことと思う。

●今日から21世紀、ということはさておいて、われらが友人「かんべえ」君と話をしようと思ってやってきた。というのは、私もご多分に漏れず古い人間なので、インターネットで個人が情報発信をするとか、それにアクセスする人がたくさんいるという事態がよく飲みこめない。ホームページを運営している人はいくらでもいるが、「かんべえ」君が何を考えてこのページを続けているのか、あらためていろいろ聞いてみようと思う。例によって何日か続く話になるかもしれんので、この際、メールで質問を寄せてもらってもいいぞ。乞うご期待。(官兵衛)

○読者の皆様、21世紀が明けました。引き続きよろしくお願いします。さて、官兵衛師匠が変なことを言い出しました。近いうちに「ネットによる自己表現の可能性」について話し合おう、という企画を暖めていたんですが、フライング気味でここで始まってしまいそうです。官兵衛さんのことですから、尋常ではない切りこみ方をしてくるでしょう。どんな話になるか分かりませんが、ともあれ始まりはじまり・・・(かんべえ)


官兵衛:ということで今日は私が聞き手を務めるからね。よろしいか。
かんべえ:良くないですよ。落ち着きませんがな。そうでなくても世紀の変わり目に、HPの仕様を調整するのに一苦労しているんですから。
官兵衛:これで? 別にそれほど変わり映えしないじゃないか。
かんべえ:そうですよね。そうなんです。でもこの作業に半日かかってるんですぅ。この暮れの忙しいときに。家族の顰蹙も買っちゃったし。われながら何をしてるんだろう。でも夜になっても終わらないし。
官兵衛:君なんかが真剣に紅白を見てどうするんだ。
かんべえ:いや、サザンがレコ大を取りましたからちょっと驚きまして。芸能界も捨てたものではないなと。紅白も見ておかないと、今年は1度もカラオケに行ってないし。

官兵衛:心ここにあらずといった感じだな。では答えやすそうなところから行こう。あのね、前から気になっていることがあるんだ。このHPを読んでいるとね、@溜池通信本誌の文章、A本誌の最後についている"From the Editor"、B不規則発言、と3つとも文体が違うよね。器用なことしてるな、といつも感心しているんだ。なんでああいうことになるわけ?
かんべえ:うーん、それぞれに自然な選択をしているだけだと思うんですが。話をするとき、相手によって敬語使ったり、タメ口たたいたりするのと同じですよ。
官兵衛:じゃ、不規則発言から取り上げようか。あれは口語体というか、文章の語尾が常体(だ、である)と敬体(です、ます)が入り混じっているよね。なんでそうしているの?
かんべえ:ああ、それにときどき関西弁やくずした語尾を入れたりしますね。わりと意識的にそうしているんです。なるべく普通の話し言葉に近い感じにしようと思って。
官兵衛:インターネット用の文体というわけか。
かんべえ:そうです。ネットで文章を読むときは、いちいちプリントアウトしませんよね。読者は画面をスクロールしながら、さらっと見ていることが多いと思うんです。一本調子の文章だと、すぐに飽きられてしまう。そこでわざと感情をのっけた文章にするんです。
官兵衛:かなり意図的にやってるわけね。ところで顔文字をアクセントに使う人もいるよね。
かんべえ:使いません。嫌いだから。芝居の台本だってナレーションが入っているのは二流ですから。

官兵衛:"From the Editor"ではわりと丁寧な書き方をしているよね。
かんべえ:あれは昔、"Tradepia"という会社の広報誌の編集をしていた頃に、編集後記を書くときに使っていたスタイルなんです。会社の看板を意識しているから、ちょっとイイコぶりっ子している感じでしょ。
官兵衛:なるほど、ちょっと偉そうなことを言っても、最後はちょっと落として終わる、てなパターンが多いね。
かんべえ:わりと保身を意識していると思います。
官兵衛:なるほど、舞台裏を覗くといろんなこと考えているわけね。あそこがいちばん面白いという声もあるようだが。
かんべえ:そういう読者が多いみたいだから、最後にしてあるんです。ニューズレターの先覚者というと、高野孟さんの『インサイダー』ですけど、あれだと"From the Editor"は冒頭に来るんです。でもそれだと最後まで目を通してもらえなくなる可能性がある。
官兵衛:なるほど編集者らしい発想だね。

かんべえ:それ以外の本誌の部分は、普通に仕事で使う文体なんですが、これもいろいろクセがあると思いますね。
官兵衛:読みやすい文章だと思うよ。
かんべえ:そういってくれる人が多いのはありがたいんですけど、エコノミストの文章じゃないんです。用語の使い方なんてかなりいい加減だし。ちゃんとした人が読めば穴だらけだと思いますよ。
官兵衛:そういや「筋ワルな経済政策」みたいな言葉使いしてるな。
かんべえ:あはは、「筋ワル」って口癖かもしれない。
官兵衛:下手に理屈をこねるより、「筋ワルだから駄目」と言ってくれる方が分かりやすいよ。だいたい『溜池通信』はエコノミストというよりジャーナリストの文章だろう。
かんべえ:おっしゃる通りです。やれやれ、これは先が思いやられるな。

○紅白見ながら、なんでこんなものを書き始めてしまったんだろう。たぶん明日も続くと思います。ああ、もう21世紀なんですね。それではまた。


<1月2日>(火)

○正月のテレビはつまらないですな。年末はNHKで「映像の世紀」を見てれば良かったけど・・・・。ネットでインパク会場を覗いてみたら、案の定10分で飽きました。あれは学園祭と同じで、参加している人だけが楽しい思いをするんでしょう。それはともかく、意外な批評家の登場を前に、今日もキリキリ舞いをさせられそうです。(かんべえ)

かんべえ:ここの部分を誤解している人がいるかもしれないんで、もういっぺん強調しておきたいんですが、私はちゃんとしたエコノミストじゃないんです。
官兵衛:知ってるよ。というか、ほとんどの人にはバレていると思うぞ。
かんべえ:いや、たまに勘違いをしている読者もいるもので。いっときますが、私は留学経験もないし、修士も取ってないし、大学の卒業学部は社会学部だし、それもものすごく不勉強な学生でしたからね。今ある知識は、ほとんどが会社に入ってからの独学と耳学問です。だから「IS−LM曲線が下方に移動すると流動性のわなが生じる」みたいな話を聞くと、あわててサムエルソンの『経済学』をひっくり返さなければならない。そういう意味のコンプレックスは順当に持ってるんです。

官兵衛:気にすることはないんじゃないか。ちゃんとしたエコノミストだって、予想ははずしっぱなしなんだから。
かんべえ:80年代後半に、田中直毅さんの予測がことごとく的中した時期がありました。ああいう人がいなくなりましたね。90年代になってから、エコノミストの信用は失墜するばかりです。ところが予測がはずれればはずれるほど、エコノミストに対する需要は高まるようになっているんです。まるで悪い女に貢いでいるようなもんですな。
官兵衛:そういえば銀行の経営者が、「不良債権の処理は峠を越した」と何度も何度も繰り返して顰蹙を買っているよね。それと同じくらい頻繁に、エコノミストは「バブルの爪あとがかくも深いとは…」てなことを繰り返している。
かんべえ:エコノミストの予想が当たらないのは、視野が狭いからだろうと思うんです。これでも結構、著名な人も含めていろんな方と話をしたことがありますが、永田町政治のドロドロとか、朝鮮半島情勢がどうなっているかとか、ちょっと話がわき道にそれると、びっくりするほど無知な人が少なくないですよ。
官兵衛:日本中どこへ行っても専門馬鹿ばっかしだからな。エコノミストという仕事の枠内で考えればそれでいいのだろうけど、戦略家という意味ではゼネラリストでないと困る。
かんべえ:ゼネラリストなんて論外で、「国内政治の理屈が分かっていて、まともな外交・安保論ができるエコノミスト」でさえも、私の知る限り皆無ですよ。だから戦略家なんていないんです。

官兵衛:それは専門家になるから間違うんだろうな。400年前の時代を生きた戦略家として言わせてもらえば、予測を当てるときに重要なのは一に歴史観、二に心理学、三に記憶力だ。もちろん「無欲であれ」とか、「自分を過大評価するな」といった精神面の心がけは別にしてだよ。
かんべえ:今、すごく重要な指摘をいただいたと思うんですが、そういう予測ができる人は、今生きている人の中には思いつきませんねえ。
官兵衛:そりゃ滅多にいないよ。とにかく「日本はこれからどうなるか」といった大きな問題を考えるときに、細かなデータを分析することが重要であるはずがない。大事なの大局観だから。
かんべえ:うーん、大局観を養うのは、つまるところ歴史を学ぶということですよね。そういえば4年ほど前に中国の古典に凝って、『史記』と『資治通鑑』を一気に読んだときに、自分は将棋でいう「香車一枚強くなった」と思いましたね。
官兵衛:あはは、日本のインテリ層は昔からそれをやってたんだ。子供の頃からね。
かんべえ:最近、「ナレッジ・マネジメント」というコンセプトが、日本発で世界的に高い評価を得ているんですが、提唱者である野中郁次郎先生がこんなことを言ってます。漢籍はすぐれた人々の英知を美しい言語に凝縮している。だから、暗黙知を育てるのに適している。幕末から明治時代にかけてのエリート層は、幼少の頃から漢籍を丸暗記していた。だからconceptualでcreativeなリーダーに育ったんだと。つまり、大人になっていろんな状況に直面したとき、わけのわからなかった言語やイメージが立ちあがる。そういう教育法の優秀性は、どんどん失われつつあるんじゃないかと。

官兵衛:とまあ、そこまでいくのは理想論の行き過ぎだ。君らが読むなら現代語訳で充分だよ。今の時代の人は、英語やITの勉強もしなきゃいかんのだし。だが、中国の古典には膨大なケーススタディが積み上げてある。あれを全部研究したら、少なくとも「前代未聞」なんてことはなくなるんじゃないか。
かんべえ:そんな境地に達することができればいいんですけどね。私は自分の大局観にはそんなに自信がないから、迷ったときにはカジノで学んだ手口を使うんです。それは「ツイてるやつに乗る」「ツイてないやつの逆を張る」。
官兵衛:それは非常に実践的な手法だな。志は低いけど。
かんべえ:たとえば森田実さんという人がいます。「政治家の金を受け取らない政治評論家」という一本筋が通った人らしいんですが、このところ何を言っても当たらなくなっている。加藤政局のときなんか典型的でした。文章を読むと、本人が熱くなっているのがわかるんです。こんなのは絶好のマイナス指標ですよね。森田が言っているからには、そうはならないだろう、と読む。こんなにありがたい存在はありませんよ。そういう指標をたくさん作っているんです。誰と誰が該当するかは企業秘密ですけど。今はインターネットのおかげで、誰が何と言っているかがすぐに分かるし。
官兵衛:自分の予想をネット上で公開しておく、ということは常にその危険があるんだな。そのうち君も『溜池通信』の逆を張れ、と言われるようになるかもしれないな。

かんべえ:ありそうだなあ。私は少数意見と逆説が好きだから。というより、多数派の意見は口にするのもあほらしいと思うタチだから。
官兵衛:多数派の意見というのは、それなりの地位の人が言うときは値打ちがあるけど、君なんかが言っても意味ないじゃないか。
かんべえ:そうなんです。でも世の中には多いんですよ。わざわざ年賀状で「今年の日本経済は危機的なことになるだろう」とか、「80年代の日本はジャパン・アズ・ナンバーワンと浮かれていたが、バブルが崩壊してナントカカントカ…」みたいな底の浅い議論を書いて送ってくるやつが。
官兵衛:それって本人は真面目な好人物なんじゃないか。
かんべえ:でしょうね。でも、どっかで聞いたような、受け売りの議論が多い。
官兵衛:オリジナリティのある議論ができる人は、この世の中には極端に少ないんだよ。

かんべえ:私の長い友人でKという男がおりまして、彼は政治ジャーナリストでいつも読み筋を教えてくれるんです。彼の話はいつも意外性に満ちていて、あっと驚くような展開を指摘するんです。ただし現実はさすがにそれほど突飛なことにはならない。予想が当たる、外れるということでは、むしろ外れることの方が多いと思います。ところが彼が示唆するシナリオというのが、見事に現実の補助線になっているんですね。
官兵衛:それは価値ある意見だよね。オリジナリティのある意見は、たとえ外れることになっても聞いておく意味がある。
かんべえ:外資系のアナリストがプレゼンテーションをやって、「君の意見はわれわれのコンセンサスに近い」と言われたら、それは誉め言葉ではないんだそうです。「せっかく時間をとって聞いてやったのに、もうちょっとオリジナリティのあることは言えないのか」というお叱りだと受け止めるべきなんだとか。
官兵衛:そりゃそうだ。デシジョン・メーカーの立場になれば、コンセンサスに近い意見なんて聞いたって無駄じゃないか。第一、すぐに忘れちゃうよ。
かんべえ:そこまで分かって、初めて戦略家なんですよね。

●気がつくと、また私ばかりが話をしてしまっている。かくてはならじ。明日はかんべえ君のプライバシーにも切り込んでみるつもりだ。よろしく。(官兵衛)


<1月3日>(水)

かんべえ:官兵衛さん、ここで読者からの質問が来ています。昨日の発言についてですけど、「予測を当てるときに重要なのは一に歴史観、二に心理学、三に記憶力だ」とあるうち、「記憶力」というのが今一つピンと来ません、という方が約1名。これ、ほかにも大勢いると思うんです。もうちょっと解説をお願いします。

官兵衛:そうだね、じゃ、こんなふうに言ってみようか。まず先を読むときに大事なことは過去を知ることだ。明日何が起きるかということは、過去1ヶ月くらいを丹念に調べれば、おおよその見当はつく。向こう1年を予想するときは、30年くらいさかのぼる必要があるだろう。向こう10年となったら、これはもう歴史全体を学ぶしかない。とにかく昔のことを覚えておくというのが基礎動作になる。つまり記憶力がなかったら、思考は先には進めない。
かんべえ:つまり現時点の情報だけを完璧に集めても、時間軸を持たずにいると意外な落とし穴にはまるということですね。
官兵衛:端的に言ってしまうと、人も集団も同じことを繰り返すものなんだ。とくに失敗経験をね。ごくまれに失敗から学ぶという天才がいるけど、それは曹操とか織田信長とか、とにかくすごいレアケースなんだ。それ以外の圧倒的多数である凡人たちは、懲りずに何度でも失敗を繰り返す。だから自分と他人の失敗体験というのは、とことん覚えておく必要がある。
かんべえ:今月10日発売の中央公論で、私の友人が「奉天とノモンハンの間」という論文を発表するんです。日露戦争で大戦果を上げた日本が、瞬く間に没落したのはなぜか、という研究でして、これがもう身につまされる話が満載なんです。現代日本が抱える病理と同じ症状が、当時もいっぱいあったんですね。
官兵衛:でも、そういうイヤな話というのはすぐに忘れてしまうだろう。だから同じ失敗を繰り返すことができるんだな。
かんべえ:だから記憶力が大切と。

官兵衛:そう。で、記憶力に自信がついたら、こんどは関係者の身になって考えてみること。これが心理学だな。
かんべえ:心理学の理論を学ぶ必要があるわけじゃないですよね。
官兵衛:もちろん。これは常識とか感受性の問題だよ。
かんべえ:これはちょっと畏れ多い例なんですが、今上天皇は終戦を迎えたときに12歳だったんですよね。で、12歳の少年にとって、当時の状況はどんなものだったかと考えたら、これはちょっとショッキングだったと思うんですよ。日本がどうなるか分からない。自分も最悪殺されるかもしれない。120数代続いた家系が自分で絶えるかもしれない。で、自分の父は神様から人間になってしまう。こんな劇的な体験をしたら、一生の人生観を規定されても不思議はないですよね。
官兵衛:ま、普通の人はなかなか天皇の気持ちになることはできないだろうけど、そうやっていろんな立場からモノを考える習慣をつけることは大事だよ。だからイマジネーションが必要ということだな。

かんべえ:その上に来るのが歴史観ですね。
官兵衛:こればっかりは自分なりに組み立てるしかないね。
かんべえ:いつも思うんですが、司馬遼太郎や塩野七生さんのような歴史家は、いいことを言いますよね。
官兵衛:いい歴史家を持っている国は幸福だよ。イギリス人は植民地すべての歴史を自分たちで書いた。アメリカ人は記録を残すことにかけてものすごい情熱を持っている。
かんべえ:キューバ危機の際のデシジョン・メーキングなど、とことん研究され尽くして、しまいには映画にまでなってます。でも日本には太平洋戦争の戦史さえないんです。
官兵衛:そりゃもう記憶力以前の問題で、現実を直視する勇気がないわけだな。
かんべえ:先日、台湾人の研修生に「日本の歴史を勉強したいんですが、何を読めばいいですか?」と聞かれて、「日本には正史がないんですよ」と言ったらびっくりしてました。しょうがないから、中央公論社の日本の歴史シリーズを推薦しておきましたけど。日本てのは変な国で、世界の歴史を勉強しようと思ったら、これほど資料が揃っている国はないと思うんですが、日本史についてはグレーな部分があまりにも多いんですよね。
官兵衛:紀元後5〜6世紀のことがよく分かってない国なんて、あんまりないんじゃないか?国民的英雄であるはずの聖徳太子でさえ、梅原猛から黒岩重吾、果ては山岸涼子の『日出処の天子』まで解釈が分かれちゃうんだから。

○――ベルリンのSさん、そんなところでよろしいでしょうか?明日はニューズレターという形式について、話を続けてみたいと思います。


<1月4日>(木)

官兵衛:今日は、君がなんでニューズレターを始めたか、というところを聞いてみたいんだけど。
かんべえ:ちょっと話が長くなるかもしれませんが、ニューズレターに関心を持ち出したのは、かれこれ10年以上前になるんです。ちょうど中曽根裁定で竹下首相が誕生して、リクルート事件で吹っ飛ぶあたりの頃です。当時の私の仕事は、広報室で月刊のPR誌を作ることで、たかだか26歳くらいで編集作業を丸ごと任せられてました。上司に相談するのは何か問題が起きたときだけ、という編集者としては夢のような勤務条件だったんです。で、勝手に企画立てて、いろんな人に会って、どんどん記事書いて、上司は結果を見てるだけ。
官兵衛:若気の至りを満喫してたわけね。
かんべえ:そうなんです。その調子で好き勝手やって、連日のようにイキのいい情報のシャワーを浴びていたら、耳年増になってしまったんですよ。新聞や雑誌の記者と仲良くなると、マスコミ情報がいかにいい加減に作られるかも見えてくるし、広告代理店の構造なんかも分かってしまう。とくに衝撃的だったのは、昭和天皇のXデイが近づいて、マスコミが完全に萎縮してしまったこと。既存のメディアって何だろうと思っちゃいましたね。それで大手でない媒体に着目するようになりました。『噂の真相』や『創』を読んだり、『選択』もその頃からのつきあいですね。で、とくに情報源として面白いと感じたのが、高野孟さんがやっていた(今も続いてますけど)『インサイダー』だったんです。

官兵衛:それがニューズレターの草分けだったわけだな。
かんべえ:のちに高野さんには仕事を頼んだりするようになって、いろいろ勉強させてもらいました。非常にいい人で、最後に会ったのは2年前のパーティー会場だったかな。まあ、自分としては師匠のひとりだと思ってます。
官兵衛:でも高野孟って左翼だろ。君はどっちかというと右翼なんじゃないの。
かんべえ:そうかなあ。保守的であることは認めますけど・・・・歴史認識とか社会政策については、むしろリベラル派かもしれませんよ。
官兵衛:どっちでもいいけど、左翼からは程遠いことは認めるだろう。
かんべえ:それはそうです。私の世代(1960年生まれ)は、少し上には左翼の残骸が残っていて、少し下には新宗教にはまっているのがいるんですけど、信じるものを持たない、現実的な連中だと思っています。私自身が宗教やイデオロギーを全然受け付けないタイプですし。そういえば小さい頃に、ほとんど直感的に「こいつは悪いやつだ」と思ってたのが3人いるんです。でも周囲の大人たちはみんなその3人がエライ人だという。今になったらやっぱり俺が正しかったと思ってるんですが、その3人が毛沢東、美濃部都知事、それにサルトル。
官兵衛:要するに観念的なものが苦手な世代なんだな。

かんべえ:で、1991年からワシントンに長期出張するんですけど、これが政治と情報の都で、一気にかぶれてしまうわけです。現地ではこういうのを「ポトマック・フィーバー」と呼ぶんですが、もともと下地があったところが真性の政治オタクになってしまった。半年もたったら生活にもなれて、何か書きたくてうずうずしてきた。そこで『ワシントン・ウォッチャー』というニューズレターを作って、月1回、東京にいる知り合いたちにファックスで送り始めたんです。ワープロでA4サイズ5枚程度なんですが、今見ると笑えるのが、タイトルの下に「30人のための情報誌」と書いてある。本当の読者は13人くらいだったと思うんですが。
官兵衛:中味は何を書いていたわけ?
かんべえ:ソ連の崩壊とか、大統領選挙とか当時の話題です。そこで「民主党はクリントンで一本化するだろう。ブッシュとの対決は意外な接戦になるのではないか」などと書いてある。92年3月頃のことです。文章のスタイルなんかも、ほとんど今と変わらない。
官兵衛:その頃からクリントンびいきだったわけね。
かんべえ:日本に帰ると、「クリントンが勝つなんてそんな馬鹿なことがあるか」とみんなに言われましたけど。

官兵衛:ところでそのニューズレターは、制作費や資料代はもちろん、ファックスを送信する費用も自分で出してたわけでしょ。完全な持ち出しだよね。
かんべえ:もちろん。当時のことですから、1通送るのに2ドルくらいかかっていたと思いますよ。
官兵衛:なぜそこまでするの。
かんべえ:目立ちたがりだからでしょうかね。私の場合、「書きたい」という欲望が、ほとんどイコールで「読まれたい」という願望と重なっているんです。だから、ついサービス精神を発揮してしまう。
官兵衛:普通はそれだけコストをかけたら、対価を取ろうとするもんじゃないの。
かんべえ:そりゃ金はほしいけど、情報は金にならないって諦めが最初からありますんで。当時のニューズレターには、表紙に「歓迎、無断転載」と書いているんです。高野さんにも送っていたから、『インサイダー』が「現地のY氏によれば・・・」と引用してくれたこともありましたよ。
官兵衛:よく言えばボランティアだけど、悪く言えば売名行為だな。
かんべえ:あはは―、まさにそう。今から考えると、その精神がこのHPにもつながっているんです。口上の中でも「禁・無断転載とはいいません。でも利用は自己責任で」ということにしてある。そういう割り切りは昔から変わってないんです。

官兵衛:ところでワシントンといえばニューズレターの本場だよね。
かんべえ:そうなんです。この世界でいちばん高価なのは、「ジョンソン・スミック」という通貨マフィアが発行しているレポートなんですが、これは会員が世界で数十人しかいなくて、年会費が20万ドル。金融の世界で大きく相場を張る人にとっては、安いものなんでしょうけどね。読んでみると、「なるほど、セントラルバンカーというのは、こういう考え方をするものか」が分かるという代物です。
官兵衛:やっぱり金になるニューズレターもあるわけだね。
かんべえ:でもほとんどは儲からないんですよ。当時のワシントンで、日本向けに木村太郎レポートというのが発行されていたんですが、これが面白かった。内幕を聞いたら、ウォール・ストリート・ジャーナルあたりの記者にアルバイト原稿を書かせていたんだから、情報が正確なのも当然なんです。私も年会費5万円を自腹で払って購読してましたが、やっぱり廃刊になってしまった。それだけでは元が取れなかったんですね。
官兵衛:情報に身銭を切るのはいいことだけど、君も好きだなあ。
かんべえ:舛添要一がやっていた『マスゾエ・アナリチカ』というニューズレターがありましたが、これも私は会員になったけど、最後は廃刊になりましたね。これなんかは広告を載せていた。それでも金銭的に成り立たなかったんですね。でも広告を載せるというのはニューズレターとしては完全に邪道で、東京電力の広告乗っけて原子力の悪口は書けないですからね。とにかく、ニューズレターというのは、経済的に成立させることが非常に難しいツールなんです。

●かんべえ君のオタクぶりがどんどん明らかになっていくような対談だが、明日はぜひ「溜池通信」誕生の秘話について迫ってみようと思う。(官兵衛)


<1月4日追加>(木)

○と、ここで対談をちょっと休んでコメントを少々。「敵の予期していないときに動く」のは兵法の初歩。意表を突いて周囲を「あっ」といわせれば、どんな目論見も半分は成功したも同然です。その点、昨日のグリーンスパン議長の利下げ実施は実にお見事でした。NY市場の驚きぶりは、「虎年の獅子座」さんが生々しくレポートしてくれています。老カリスマの英知は米国株式市場にポジティブ・インパクトをもたらし、アジア市場にも福音をもたらしました。唯一、恩恵が届かなかったのがわれらが日本市場。さて、これをどう考えるか。

○グリーンスパン議長のファインプレーを見て、「だから米国経済は大丈夫」と見るのが普通なのでしょうが、「そこまで追いこまれているのか」という見方もできると思います。つまりグリーンスパン議長は、米国経済が一般に思われている以上に悪いという感触を得ているのではないか。その場合、市場が気づいていない新たな悪材料がこれから出現することになりますから、波乱は続くと考えねばなりません。そっちの可能性も低くはないと思います。

○ひとつ分からないのが、ブッシュ政権との「間合い」です。20日の大統領就任式を控え、ローレンス・リンゼー氏を経済担当補佐官に指名するその日にぶつけるかのように、大胆な決定で大向こうをうならせた。まるで「経済は私に任せておきなさい」といわんばかり。これで本当に株価が反転すれば、加藤政局を一発で静めた野中さんのように、誰も口出しできないくらいの発言力を持つことでしょう。ただし今回の決定に、そういった政治的配慮があったとは考えにくい。そこまで狙ったら、グリーンスパン氏は中央銀行家としてやり過ぎである。だとすると、「ブッシュ政権を刺激するかもしれないと思いつつ、やむを得ずにやった」ということになる。やっぱり切羽詰っていたのではないか。

○さて、仮に米国株式市場の波乱が続いた場合、哀れな日本市場はどうなるのか。別に開き直るわけじゃありませんが、「世界で唯一、米国市場とリンクしていない市場」が、絶好の投資先になるということもあるんじゃないだろうか。なにしろ日米のマクロ経済指標は、ずっと対照的な動きをしてきました。2001年の株価は、意外と「米国が沈んで日本が浮かぶ」んじゃないか。・・・・というと希望的観測が過ぎるようですが、なんだか大きな潮の変わり目を目撃しているような気がしてしょうがない昨今です。


<1月5日>(金)

官兵衛:で、アメリカの話はもういいの?
かんべえ:話すと長くなるし、あんまり自信もないからやめときます。
官兵衛:語り尽くせぬことに対しては沈黙しなければならない。ヴィットゲンシュタイン。
かんべえ:代わりに語れることならば、なんでもお話しましょう。

官兵衛:では伺うが、なんで『溜池通信』は誕生したの?
かんべえ:えー、1995年の春から、今の職場でエコノミストもどきの仕事を始めたわけですが、以来ずっと月に1回ずつ、世界経済に関する短いコラムと、米国情勢に関するリポートを社内向けに書いているんです。ところがこれが、まーったく読んでもらえない。無駄な紙の山をこさえているような状態だったんです。96年に社内LANができて、WORDファイルを社内で送れるようになってから、状況は少し改善するんだけど、やっぱり月に1回の更新では読者の興味をひかないんですね。そこで「毎週1回の情報発信が出来ないだろうか」と考えたわけ。いろいろ考えた挙句に思いついたアイデアが、『今週の"The Economist"から』だったんです。
官兵衛:ほほー、あれが先にあったのか。
かんべえ:"The Economist"誌は1993年からずっと自宅で購読していたんです。英語はむちゃくちゃ難しくて、今でも知らない単語ばっかりですけど、歯ごたえのある記事が多いですからね。毎週、面白そうな記事を3本選んで、それを思いきり短くしてA4一枚に集約する。それを毎週金曜日に社内LANに乗っけてみました。そうしたらそこそこ注目してもらえたんですね。社員はそれを勝手にダウンロードして、客先に持っていったりする。あるときなんぞは、関西電力にいる友人から電話がかかってきて、「お前の書いたの、ここへ来てるぞ」と教えてくれた。というわけで、調査セクションからの情報発信というのは、とにかく頻度が高くなきゃ使ってもらえないということが身にしみたんですね。

官兵衛:なるほど、企業のIT武装が進むと情報の流れは加速するんだな。
かんべえ:『今週の"The Economist"から』は結局、2年半ほど続けました。ちょうど98年に国際会議ラッシュが一段落した頃に、ふと「週刊のニューズレターを作ってみようか」という欲が出て、そしたらふと『溜池通信』という名前が脳裏に浮かんじゃったんですね。これはできるんじゃないかと。
官兵衛:名前が先にありきだったの。
かんべえ:そうなんです。で、名前を決めてWORDに打ち込んで、HG正楷書体にしてゴシックをかけたら、なんとなくそれらしく見えてきた。あとはもう簡単で、特集を1本か2本。"The Economist"から1本だけ要約を作り、あとは編集後記ということでスタイルができちゃった。創刊準備号を作ったのが99年の2月。講演会で聞いてきた榊原財務官(当時)の発言内容と、景気対策として消費税率引き下げの可能性があるかもしれないという話を書いたんです。
官兵衛:当時の評判は?
かんべえ:会社が大変なときに、お前は何を暇なことをしているんじゃ、と怒った人がおりました。
官兵衛:あはは、でも会社員としては笑い事じゃないな。
かんべえ:怒る人の気持ちは分からなじゃないんで、これは仕事じゃない、俺の趣味でやってるんだということにして、以来、執筆作業はほとんど自宅でやってます。資料を探すのは会社でやることが多いですけど。

官兵衛:でも社内LANには乗せているんだろう?
かんべえ:ええ、99年からはイントラネットが主流になったんで、ますます便利になりまして。もうレポートを紙で届ける時代ではなくなったんですね。おかげで情報伝達のツールとして、ニューズレターの利便性が一気に高まったと思います。
官兵衛:それからもう2年近く書き続けているわけだよね。最近の社内の評判はどうなの。
かんべえ:さすがにこれだけやると読者が増えまして、気がついたら役員が読んでいたり、社外のいろんなところへ流れていたりしています。
官兵衛:ということは、もう仕事の一環になっているわけだろう。
かんべえ:そうとも言えるんですけど、あいかわらず位置付けはグレーのままなんです。「これはボランティアだ」と言えば、言い張れる状態。おかげでテーマから表記に至るまで、社内の誰の指図も受けていません。「来週は休みます」と言っても怒られない。
官兵衛:内容について社内で問題になったことは?
かんべえ:いつかあるんじゃないかと覚悟してるんですけど、幸いにしてまだありません。ふだんから最低限の保身はしているつもりですけど。

官兵衛:うーん、さっきからの話を総合すると、君の職場ってのは懐が広いというのか、いい加減というのか・・・・
かんべえ:でしょう?これ読んで呆れかえる人は多いんじゃないかなあ。

●かんべえ君の『溜池通信』誕生秘話への皆さんの印象はどうだろうか。さて、次なる問題はこのホームページが誕生したいきさつである。それについては明日、聞くとしよう。(官兵衛)


<1月6日>(土)

官兵衛:このHPが誕生したのはいつだったの?
かんべえ:実はよく覚えていないんです。99年8月の下旬だったと思うんですが。
官兵衛:普通、感動して記念日にしたりするもんじゃないのか。
かんべえ:私の場合、技術的なことは全部配偶者に投げてましたから、完成したときの感動が薄かったのかもしれない。
官兵衛:ますますいい加減なやつだな。それじゃあHPを立ち上げたきっかけは何だったのさ。
かんべえ:覚えているのは、当時イヤーなことが続いて、ユーウツな気分だったことですね。とくに家族が入院して、夏休み全部使って看病したときは非常に疲れまして。それで休みの終わりに、いっちょ気分転換してやろうというのが直接の動機だったと思います。

官兵衛:ということは、かなり前から構想はあったわけだな。
かんべえ:その時点で『溜池通信』は半年分の書き溜めがありましたから、これをもっといろんな人に読んでもらいえるようにしたいとは、ずっと前から思ってました。それから、毎号書くたびに社外の知り合いに送っていたんですが、送り先がだんだん増えて面倒になっちゃったんですね。そこでHPで掲示して、URLを教えることにすれば楽できると。それでフロントページにたくさんPDFファイルをくっつけた、簡単なものを作った。それが当HPの誕生ですね。
官兵衛:当時は週に1回更新だった。
かんべえ:そりゃもう非常に地味なサイトで。といって今も地味ですけど。宣伝も身内にしかしてないんです。それでも伊藤洋一さんが日記に書いたり、岡崎研究所がリンクしてくれたりするから、ちょっとずつ固定客が増えまして。モスバーガーの経営理念によれば、「どんな不便な場所でも、うまいものを出していればお客さまは来てくれる」んだそうですが、HPの繁栄もそれと同じで、ちゃんとしたコンテンツを定期的に流せばカウンターは回るんだろうと思うんです。あんまり宣伝やリンクは関係ないんじゃないか。というより、アクセス数を増やそうという努力を意図的にやらなかったというのは、正しかったなと思っています。

官兵衛:それからこの「不規則発言」が始まったよね。
かんべえ:99年の10月くらいに、おそるおそる始めました。99年の通常国会で例の通信傍受法案が通ったとき、参議院で円より子議員がフィリバスターをやったんですよね。そしたら自民党の某議員から「あんたも離婚しただろう」という野次が飛んで、女性議員がいっせいに猛反発して国会が止まった。これを称して「不規則発言」と呼んでたんですね。それを聞いた瞬間に、「あ、これはいける」と。
官兵衛:不規則発言というのは、本来が国会における野次を呼ぶ用語なんだね。
かんべえ:当初は自分のことだから、きっと日記なんて続かないだろうと思ってたんです。そこで空白ができても、「不規則発言」という題名なら許してもらえるかと。
官兵衛:でもほとんど毎日続いてるね。
かんべえ:最初は飲んで帰った日なんて更新できるはずがないと思ってたんです。ところが飲んで帰った日のほうが材料も豊富で、意外と書きやすかったりする。飲んで、電車の中で熟睡して、自宅で12時過ぎに書いていることって多いですよ。
官兵衛:そういえば午前3時更新なんてことがよくあるよね。
かんべえ:今やこのHPを見てる人の多数派は「不規則発言」のファンで、「溜池通信」はあんまり読まれていないような気がするんですよ。

官兵衛:その理由はどの当たりにあるのかな。
かんべえ:やっぱり頻度でしょう。「毎日かならずやっている」という信頼感があるからじゃないでしょうか。私自身も、毎日一度はアクセスしたいサイトってありますもん。で、更新してあるのを見ると安心するというのが。
官兵衛:不規則発言で書いている内容についてはどんなことを考えてるの。
かんべえ:平日はなるべく固い話をして、土日はなるべく軟派な話をする。たまーにガンダムとか愛のコリーダの話を書くと、ちゃんと反応してくる読者がいるんですよ。うれしいことに。
官兵衛:メールはどのくらい来るの。
かんべえ:会ったことのない人からのメールはそれほど多くないです。今は年末年始なんで、ちょっと増えてますけど。やっぱり多いのは知り合いからですね。「昨日書いてたの良かった」とか、「ここが間違っている」とか。なかにはすごい長文をくれる人がいまして、すごく教えられることは多いですよ。

官兵衛:HPをオープンして良かったことって何だろう。
かんべえ:ひとつは緊張感を持って文章を書ける、ということだと思います。人に読まれない文章って、いくらたくさん書いても意味ないですから。次にレスポンスをもらえるということ。レベルの高い読者が多いですから、これは助かります。それと3番目は、自分なりの一種の知的財産を持っているということですね。過去2年ほどの自分の思考のうち、かなりの部分がこのHPの中に記されているわけですから。そういう意味では、いちばん積極的に利用しているのは自分自身だということになると思います。


<1月7日>(日)

官兵衛:僕のそもそもの問題意識は、個人がこういう情報発信の手段を持つということは、何を意味するかということなんだな。昔、「洛陽の紙価を高める」という言いかたがあった。中国のインテリにとっては、文名を上げて千載に名を残すというのが究極の理想だった。そのためには都に出て優れた作品を発表し、高い評価を得る必要があった。誰でも出来ることじゃないよね。
かんべえ:つまりインテリで金持ちで運が良くないと、才能は発揮できなかったわけですね。
官兵衛:その状態は多かれ少なかれずっと続いていた。ところがインターネットというのは、既存のメディアの手を中抜きして直接情報発信をすることを可能にするわけだよね。うまくいけば、これまで顕在化することのなかった才能を発掘することになるんじゃないかと思うんだ。
かんべえ:インターネットがもたらす才能のビッグバン、ということですね。
官兵衛:そう、ホームページがルネッサンスを生む、という仮説。どうかね。

かんべえ:うーん、そういえば私自身がいろんな人のHPを読んで、感動したことがたくさんあるんですね。たとえば日記サイトではわりに有名な菜摘ひかるさんという人がいるんです。ライターで、漫画も描いて、以前は風俗の仕事をしてたというユニークな人なんですが、少し前の彼女の日記には本当に脱帽という感じでしたね。99年夏頃に、彼女が離婚を決意するくだりがあったんですが、連日、ドロドロの心情を吐露するんですけど、それを表現することで彼女自身が気持ちに区切りをつけて、昇華している過程がリアルに読み取れて、本気で感動しました。当時、光文社のM記者に「菜摘ひかるって直木賞取れるタマじゃないのか」とメールを送ったら、「吉崎さんみたいなことをいう人が10人くらいいます。先物買いとしては悪くないと思います」という返事が来た。ところがその直後に週刊宝石は彼女の連載を打ちきってしまうんだな。Mさんには悪いけど、あれじゃ休刊になるのも無理はない。
官兵衛:ふーん、変なもの読んでたんだ。
かんべえ:もっと正直に言えば、ネットの大海を泳いでいるうちに、「世の中にはこんなにすごい才能があふれていたのか!」と何度も驚いちゃったんですね。それこそ、「オレは文章がうまい」みたいな思い込みが打ち砕かれる気分を何度も味わいました。才能発見とまでいかなくても、「2ちゃんねる」なんて本当にすごい書きこみがいくらでもありますもん。「へえーっ」と感心するくらいは当たり前で、いつぞやは過去の悲恋を告白する文章を読んでて、深夜に泣いちゃったこともありましたよ。素人がこんな文章を書く時代に、プロの作家はどうやって生きていくんでしょうね。
官兵衛:だから本が売れなくなってるんだろう?無理ないよね。強力な競争相手が誕生しているんだし、誰しも1日は24時間しかないんだから。

かんべえ:一対多、多対多のコミュニケーション手段って、以前は非常に限られたシチュエーションしかなかったと思うんです。少なくとも講演会とかパーティーとか、関係者が1箇所に集合しなければならなかった。ところが80年代末にダイヤルQ2が誕生した頃から、「ヴァーチャル空間でのコミュニケーション」という手があることが分かってきたと思うんです。90年代前半にはニフティの会員数が増え始めて、今度はパソコン通信という手段に関心が集まる。95年にWin95が発売されてからは、一瀉千里という感じでインターネットが広がった。
官兵衛:10年かけて、一対多、多対多の情報伝達が簡単に出来るようになってきたわけね。
かんべえ:そのことによって、これまでだったら伝わらなかったようなことが知られるようになったとか、意外な才能が生まれるようになったというのはたしかにあると思います。問題はその先がどうなるかですね。

官兵衛:おそらくそこでネックになってくるのは、ネットによる情報発信では経済的なリターンが得にくいことだよね。広告収入なんてたかが知れているし。
かんべえ:ネットで情報発信すれば、経済的な負担が小さいことは間違いないんですよ。自費出版することを考えればね。たとえば北原白秋は『邪宗門』を自費出版しました。彼は親が金持ちだったからできたけど、石川啄木はそれができなかった。今なら二人ともたぶん違う手段で自己実現ができる。
官兵衛:でもネットで金は稼げない。田口ランディみたいにネット出身の作家も誕生しているけど、ネットで名前を売って、それで本を出して儲けるというんだったら、今までとあんまり変わらないだろう。
かんべえ:うーん、そのとおりですね。この際、悔しいけど金のことは考えないでおきましょう。
官兵衛:いい心がけだ。インターネットで金は儲けられないが、情報は発信できるし、才能も開花する
かんべえ:そしてホームページ・ルネッサンスが始まる。そうだとすると、実はいちばんの才能はすでに生み出されてしまっている可能性がありますね。アントナン・アルトーだったかが、「すべての運動はその初期において頂点に達する」と言ってます。推理小説はコナン・ドイル、ハードボイルドはチャンドラー、戦後日本の漫画文化は手塚治虫、だいたいその道で最高の天才というのは、いちばん最初に出てしまうものですから。
官兵衛:ほほう。でも天才のあとにいろんな才能が続くことで、新しいジャンルの文化は繁栄するわけだよね。
かんべえ:そうだと思います。さて、今のネット上でそんな天才っているのかな。


<1月8日>(月)

●年明けから延々とやってきたこの対談、なんだか焦点が絞りきれなかったような気もするが、貴重な発言も少しはあったかな。さて、連休の終わりとともに、21世紀冒頭対談もフィナーレとしよう。(官兵衛)

官兵衛:ネットで情報公開を始めたことによって、かんべえ君自身も進歩したといえるかね。
かんべえ:自分では何とも言えませんけど、不規則発言の海外紀行編なんかは今読み返しても面白いですね。HPを作ってて良かったと思います。
官兵衛:ベトナム編東南アジア編ニュージーランド編だな。
かんべえ:ホーチミンでホーというベトナムうどんを食べる話を書いたら、ワシントンで読んでいたHさんが「なんて美味そうな」と思ったんだそうです。これってとってもいい話じゃないかと。
官兵衛:東南アジアの5都市を回ったときも楽しかったね。あれって出張報告のメモがわりに毎晩書いてたわけだろう。それをネットで公開すると、読み物として意外と面白かったりする。自分が便利だと思うものをオープンにすると、他人にとっても使い道がある。おそらくインターネットの原理というのはボランティア精神にあるんだな。

かんべえ:それと好評をいただいたのが「官兵衛vsかんべえ」の対談シリーズですね。とくに去年5月の連休にやった「参謀論編」のレスポンスは多かったです。「官兵衛さん」は読者に人気があるみたいですよ。
官兵衛:そんなこと言ったって、ワシは君が創り出したヴァーチャルな存在じゃないか。
かんべえ:ははぁ、それを言ったら「かんべえ」もヴァーチャルな存在ですよ。
官兵衛:自分では言いにくいことを言わせるためにワシを作っとるんだろうが。
かんべえ:あ、そんなことないですよ。フィクションを書いているときに、キャラが勝手に動き出すという現象があるでしょ。官兵衛さんの場合はもう完全にそれ。この対談はほとんど「お筆先」状態で書いていますから。
官兵衛:じゃ、何だ、ワシは背後霊か。
かんべえ:とは言いませんけど、ほとんどコントロール不能な論客になってますよ。とにかく対談形式にしたおかげで、普通だったら書けないような知恵がたくさん出てきたと思う。いつも感謝してます。

官兵衛:うーん、今回のシリーズはずいぶん手の内を明かしてしまったな。
かんべえ:これも一種の読者サービスということで。インターネット談義はもういいんですか?
官兵衛:現時点ではこんなもんだろう。ほかの人の意見も聞いて、考えを深めてくれたまえ。
かんべえ:今週、この人この人この人の4人で飲む機会がありますから、そこで続きをやることにしましょう。
官兵衛:結構。また気が向いたらやってくることにするよ。
かんべえ:その節はまたよろしくお願いします。それでは明日からは平常モードに復帰します。ではまた。






編集者敬白



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