2006年8月7日掲載分



○『オシムの言葉』(木村元彦/集英社インターナショナル)1680円


 W杯敗戦で険悪なムード漂うサッカー界を救ったのは、川渕キャプテンの失言であった。「オシム……あっ、言っちゃった」。これぞ絶妙なキラーパスであった。人々は敗北の犯人探しを忘れ、次期監督に2010年への希望をつないだのである。

 考えれば考えるほど、イビチャ・オシム監督は希望の星である。書名になっている通り、この人の言葉には味がある。言葉というのは、発する人の個性と一体となって効果を発揮する。オシムの言葉にはオリジナリティがある。凡人が真似をしてもダメなのだ。

「残念なことに休みを与える。ただ、忘れないで欲しいのは、休みから学ぶものはないという点」

「ライオンに追われたウサギが逃げ出す時に、肉離れをしますか? 準備が足らないのです」

「シュートは外れる時もある。それよりあの時間帯に、ボランチがあそこまで走っていたことをなぜ褒めてあげないのか」

 思うに、重い人生を背負って初めて出せる言葉というものがある。オシムがユーゴのナショナルチームを率いていたとき、ユーゴは世界のどこでやるよりもホームでの試合が困難だった。なにしろサポーターが、他国のチームを応援してしまう。ユーゴが内戦状態になり、選手は離散し、サラエボに残した家族とは連絡が取れない。そこまで深い業を背負ってサッカーを続けた人が、この国にいるだろうか。

 日本サッカー界にとどまらず、日本社会全体がこの人から学べるものは少なくないはずだ。


○『ハゲタカの饗宴』(ピーター・タスカ/講談社インターナショナル)1890円


 不良債権にさいなまれた日本の銀行に、ハゲタカ・ファンドの手先として英国人銀行家が赴任する。銀行の闇と苦闘するうちに、同じ標的を持つ元警官の女性探偵と出会う。屈折した者同士が惹かれあいながら、スリリングな結末に向かう。

 良く出来たミステリー小説である。著者は英国人の著名ストラテジストだが、そのことは忘れて読んでほしい。



○『自壊する帝国』 (佐藤優/新潮社)1680円

 旺盛な執筆活動を続ける「外務省のラスプーチン」こと佐藤優氏が、若き日にソ連解体を目撃した記録をまとめている。ゴルバチョフが登場し、共産主義体制が自壊していく過程に関する貴重な歴史的証言である。

 三等書記官・佐藤優は、神学研究を媒介に多くのインテリゲンチャとの交流を積み重ね、ロシア社会に根を降ろしていく。これは「情報分析官」佐藤優の誕生秘話であり、青春記でもある。







編集者敬白





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