○『国家の自縛』(佐藤優/産経新聞社)1500円+税
今年上半期のノンフィクション最大の話題作は、「外務省のラスプーチン」こと佐藤優氏の『国家の罠』であろう。よく似たタイトルで、早くも2作目が出たかと思ったら、おやおや出版社が違う。内容も書下ろしではなく、対談形式である。佐藤氏が、日本外交や国際情勢を腹蔵なく語っている。
突飛に聞こえる部分もあるが、「切れる」「深い」洞察が随所に見られる。本業たる対露外交以外でも傾聴に値する意見が多い。たとえば最近の中国情勢について、史上初めて「中華思想ではなく、中国史における中国民族が生まれつつある」と分析する。どこの国でも、産業化が始まるときに民族意識が高まる。そのときには「敵のイメージ」が必要とされる。日本はその敵の役回りを与えられている、という説明に唸ってしまった。
また、米国政治の背景にある「ネオコンと宗教的右派の結合」という現象を、神学的な背景から説明した部分も圧巻。世に溢れる国際情勢分析モノとはひと味もふた味も違う。
佐藤氏は外務省で若手を教育する際に、『神皇正統記』をテキストに使ったという。戦前にスパイを育てた陸軍中の学校に学んだのだそうだ。面白い試みだと思うが、そうした工夫ものちに佐藤氏をバッシングする材料になったのであろう。
国家は「自縛」、佐藤氏は「自爆」。せっかくの才能を、惜しい使い方をしたものだ。
○『歴史の教訓』(岡崎久彦編/PHP)1400円+税
「外交官とその時代」全5巻で、明治維新から戦後にかけての日本外交を描き終えた岡崎久彦氏が、日本史研究の学徒とともに近代外交史を語り合った記録である。岡崎氏の評価に対し、若手研究者がさまざまな角度から意見が寄せている。知的興奮に満ちた場の雰囲気が浮かび上がってきて興趣が尽きない。
歴史を語ることは、実に楽しいものだ。歴史上の評価を党が決めてしまうどこかの国では、こうはいかない。
○『戦略の本質』(野中郁次郎ほか/日本経済新聞社)2200円+税
太平洋戦争を分析した名著『失敗の本質』が出版されたのは、もう20年前のこと。当時の著者たちが、今度は世界の戦史に取材し、戦略論の本質に迫っている。
ビジネススクールの教材としては、掛け値なしにいい本であろう。が、前作のような感動はない。ケーススタディの対象が、「日本軍の敗北」から、「他国の戦史における逆転劇」に変わったために、読者が感情移入しにくくなったからかもしれない。
久しぶりに、『失敗の本質』を読み返してみたくなったぞ。
編集者敬白
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