2004年5月1日掲載分




○『黒いスイス』(福原直樹/新潮新書)680円+税

 「スイス500年の平和が生んだものは鳩時計に過ぎぬ」というのは、『第三の男』の名セリフ。平和で刺激がない国では、創造性もないという理屈だが、概ねの日本人のスイスに対する認識も、美しい山河に恵まれた鳩時計の国といったところだろう。

 しかし、ジュネーブに6年駐在したジャーナリストの手による本書は、スイスの「悪行」の数々を余すところなく描き出していく。戦時中のナチスに対する協力や、銀行によるマネーロンダリングはつとに知られるところだが、そんなのは序の口。ジプシーの子供たちを計画的に誘拐した国家プロジェクト、移民を排除するためのさまざまな手口、核兵器の開発を模索した過去、相互監視によるプライバシーのない社会、欧州におけるネオナチの拠点となっている現状など、この一冊で「鳩時計の国」というイメージは、かなりの修正されるのではないだろうか。

 本書はこれらの悪行を紹介するだけで、「なぜ」を解き明かすことはしない。それでも読み終えて感じるのは、スイスという国に対する嫌悪や失望よりも、「500年も平和を維持するのは、大変だったのだなあ」という妙な同情のようなものだった。欧州のド真ん中で中立を維持することは簡単なことではない。平和のコストは高いのである。

 幕末から明治にかけての歴史を読むと、長い歴史を生き延びた京都のお公家さんたちは、煮ても焼いても食えないような人たちだったらしい。スイスという国も、日本のお公家さんたちのような暗部を抱えていたとしたら、それもまたむべなるかなと感じた次第。


○『経済再生は「現場」から始まる』(山口義行/中央公論新社)740円+税

 景気の回復を示す指標が増えている。不況は政府の政策によってではなく、個々の企業や個人の地道な努力によって克服されつつあるようだ。日が当たらないといわれる中小企業や地域経済でも、さまざまな取り組みが行われている。「解は現場にあり」と教えてくれる「勇気の出る」本である。

 もっとも「プロジェクトX」と同じで、美しき少数派の事例紹介に終始しているような気もするのだが。


○『中国株で資産5倍』(今井澂/ビジネス社)1500円+税

 ご存知マネードクターが、中国株を強く推奨。「倍、三倍ぐらいで浮かれないで、五倍ぐらいまでは我慢して保有すべき」とのこと。

 もちろん信じる信じないは投資家の自己責任だが、中国株に賭けてみようと思っている人には格好の入門書。とりあえず初心者はペトロチャイナからですかね。




編集者敬白





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