2003年8月30日掲載分




○『インクス流!』(山田眞次郎/ダイヤモンド社)1600円+税

 今年の携帯電話は、「3ヶ月で1200万台」ペースで売れている。四半期ごとに、日本人の10分の1がケータイを買い換えている計算になる。なぜこれだけ売れるかといえば、カメラつきケータイの人気もさることながら、「新しい機種がどんどん市場に出てくる」という開発速度の速さも見逃せない。

 その陰には、「従来45日間かかっていたケータイの金型製作工程を、わずか45時間に短縮できた」という技術革新がある。これを実現したのが、三次元CADを使った「インクス流」だ。製造業の工程はさらに短縮することが可能であり、「10年以内に30倍程度の生産性の向上が起きる」と著者は豪語する。つまり原価が30分の1になり、今の労働人口の3%で今と同じGDPの生産ができるようになるということだ。

 著者が1990年に設立したインクスでは、金型生産の熟練職人が持つ暗黙知を、ひとつひとつ数値化してマニュアル化してきた。たとえば、職人が「しっくりいく」と表現する誤差を3ミクロンと置き換える。その結果、経験のない19歳の社員が熟練工と同じ金型を作れるようになった。職人の技は形式知となり、誰もが共有できるノウハウになったのだ。

 日本経済の強みは量産ができる製造業にあり、その基盤はわずか1兆5000億円規模の金型産業にある。その数は約7000社。94%が社員数34人以下の中小企業であり、働く人の平均年齢は50歳を上回るという。この人たちが現在の日本の製造業を支えているわけだが、この優位性をいつまで続けることができるのか。

 日本のモノ作りを加速する「インクス流」に期待しよう。


○『「口コミ」の経済学』(田中義厚/青春出版社)700円+税

巧妙なマーケティングと大量宣伝で、客を呼び込むことができた時代は終わった。ユニクロの隆盛と不振、行列のできるラーメン屋の誕生など、今やヒットの鍵を握るのは口コミだ。マスメディアの信用が失墜し、巨大な口コミ社会と化した現代。口コミと賢く付き合うには、「まず、正直であれ」という教えが心に染みる。


○『やさしい金融・財政論』(林芳正/長崎出版)1600円+税

 著者は山口県選出の参議院議員。いわゆる「政治化本」にしては、本の装丁は極地味だし、耳障りのいいスローガンもない。ただ真面目に、政策を語っているところに希少価値がある。「消費税を上げるしかない」「道路を作るのは悪、は短絡過ぎる」「食糧自給率はせめて3分の2に」といった本書の主張は、今風だと「抵抗勢力」に分類されそうだが、目指すところは「小さくて強い政府」にある。右肩下がりの時代に適した経済政策論だ。




編集者敬白





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