○『素人のように考え、玄人として実行する』(金出武雄/PHP)1500円+税
「田中耕一さん現象」からこの方、日本の理科系最前線人材への評価は急上昇。しかも人柄への好感度も押しなべて高い。さて、この人の場合はどうか。
カーネギーメロン大学教授にして、ロボット工学研究所の所長。アメリカ工学アカデミー特別会員に日本人として最年少で選ばれ、人工知能、コンピュータビジョン、ロボット工学の世界的権威――と聞くと、ちょっと畏れ多い。それでも金出武雄氏は、あの小柴先生や田中さんのようなタイプの科学者とお見受けする。研究への情熱があり、独自の方法論の持ち主で、「かならずできる」という明るさがある。そしてちょっぴり可笑しい素顔が垣間見える。
本書のメッセージは書名に凝縮されている。コンピュータの最先端で問題を解決するための心構えは、「単純に、簡単に」、そして「遊び心を持って」。もちろん「74時間ぶっ通して考え続けたこともある」という知的体力があっての話だが。
知的な世界の格闘術を語っているうちに、話はコンピュータと人間の関係、アメリカ社会と日本社会の文化論などにも発展していく。「創造力の基本は記憶力」「講演はもっとも肝心な部分を最初に持ってくる」「英語力は外国人にしては上手い、と思われるくらいがちょうどいい」「論文は推理小説のように書け」などの教えはためになる。
金出教授は、あの羽生善治竜王・名人の対談集にも登場したことがある。そちらの題名は『簡単に、単純に考える』。頂点に立つ人の思考には、凡人とは違ったシンプルな世界観があるものなのだ。
○『ユダヤ人大富豪の教え』(本田健/大和書房)1400円+税
人生やお金について、大事なことを教えてくれる本にはいつも需要がある。メッセージは大同小異なのだが、表現形式はそのときどきの流行に沿ってハウツー本だったり、カリスマ成功者のお説教だったり、おとぎ話だったりする。本書では、フロリダで出会った大富豪の教え、というスタイルを取っている。創作くさい部分が多いが、ツボは押さえている。この本はきっと売れるだろう。
○『鬱力』(柏瀬宏隆/集英社インターナショナル)1700円+税
現代社会のストレスのなせるわざなのか、「うつ」に関するニュースが多い昨今である。だが、精神医学から見ると、単に恐い病気というだけではなく、「うつ」のお陰で大きな業績を残す人も多いらしい。黒澤明や手塚治虫など、本書に描かれているさまざまな天才たちは、「うつ」という過剰なエネルギーに出口を与え、人々の心を感動させる作品を残した。なんと「うつ」には力があったのである。
編集者敬白
書評欄へ