○『武士の家計簿』(磯田道史/新潮新書)680円+税
かのバーナード・ショーは、人生でもっとも強く影響を受けた本は何かと尋ねられて、「銀行の預金通帳」と答えたそうだ。金が仇の世の中、お財布の中身を気にせずに生きていける人は少ない。それは洋の東西や時代を超えた真実かもしれない。
「金沢藩士猪山家文書」の中に、精巧な家計簿が完全な形で残っているのが神田の古本屋で発見された。若き歴史学者である著者は、このタイムカプセルをもとに、幕末から明治・大正期を生き抜いた武士の一家を取り巻く状況を解き明かしていく。
猪山家は金沢藩の御算用者、つまり経理のスペシャリストの一家であった。加賀百万石といえど、幕末の頃の財政は火の車。しかも将軍家の娘と縁組みすることとなり、何かと物入りが続く。その大奥の財政担当となることで猪山家は出世の糸口を掴み、加増を得る。しかるに家計は過剰債務で崩壊寸前。やむなくあらゆる所持品を売り払って、借財の整理を試みる。猪山家の家計簿が始まるのも、まさにそれが原因だった。
なぜ武士の家計が赤字になるのか。あらゆる項目を切りつめても、祝儀交際費が多すぎたのである。武士身分としての格式を保つために、支出を強要されてしまうのだ。明治になって士族が廃止されたときに、大きな反発がなかったのはそれが一因であろうと著者は説く。士族はつらいよ、なのである。
明治維新後の猪山家は、幸運なことに海軍の主計担当として身過ぎを得る。封建時代の大奥、近代国家の海軍。金食い虫があったお陰で、御算用者が必要とされたというのが面白い。芸は身を助ける。これこそ現代人が学ぶべき教訓と言えようか。
○『バカの壁』(養老孟司/新潮新書)680円+税
「話せば分かる」は大嘘だ。いくら言っても、分からない相手には通じない。なぜなら、人と人の間には「バカの壁」が立ちはだかっているから……。何という恐ろしい、そして説得力のあるメッセージであろうか。しかも語るは「脳」の権威である養老先生。これで面白くないはずがない。脳をガツンと刺激される快感の連続だ。
○『おれたちが会社を変える!』(本田有明/日本経済新聞社)1600円+税
熱い男たちが登場する企業小説である。が、小説はあくまで仮の姿で、経営コンサルタントが描く「企業革新はかくあるべし」というストーリー。といっても、あっと驚くような経営手法が登場するわけではない。問題も平凡なら、登場人物たちもそう。身に覚えのあるようなエピソードが並ぶ。「どこの会社もアキレス腱は似たり寄ったり」という著者のあとがきの言葉が胸に刺さる。
編集者敬白
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