2003年3月8日掲載分




○『スイス銀行体験記』(野地秩嘉/ダイヤモンド社)1500円+税

一時は世界最強と思われた日本の銀行も、最近は株価も評判も急降下。なにしろ銀行員は、今まで借り手の企業の方だけを見て、預金者のことなどは念頭になかった。「銀行は金を借りるところであって、資産を増やすところじゃない」という本書の嘆きはもっともだ。銀行に個人向けの資産運用アドバイスを期待しても、自社の金融商品を勧められたりするのが落ちだろう。

欧州には裕福な個人客を対象に、資産の管理をするプライベート・バンクの伝統がある。三〇年戦争の当時、国家解体もあり得るような状況下で、スイスの金融業者が富裕層の財産を守ったのが始まりだという。彼らは厳選した少数の顧客とだけ取引する。顧客のニーズに応じた資産運用をアドバイスし、秘密は絶対に漏らさない。取引が2代目、3代目につながることもめずらしくはない。

日本でも数は少ないが、プライベート・バンクを使っている富裕層が育っている。 低金利時代でも資産を増やしたい、あるいは日本経済が破綻しても自分の財産を守りたい、という人には魅力的な選択肢ではないだろうか。

著者は本書の取材のためにスイス銀行に口座を開設し、ほぼ全財産に近い1500万円を預金する。欧州への往復の航空運賃はかかるし、預金は限りなく「塩漬け」になってしまうから、犠牲的な実験といえる。そこまでして得たノウハウが、わずか1500円の本に結晶している。これは安い。

○『時代がやっと追いついた』(船木春仁/新潮社)1500円+税

日本人全体が時代に翻弄されているような昨今だけど、しっかりと時代を先駆けている人たちもいる。本書はビジネスの常識に挑んだ16人の男たちへのインタビュー集。生産改革、コーポレートガバナンス、IR、公共事業の見直しなど、テーマは多岐にわたるものの、主旋律は似ている。大事なのは先見の明の有無ではなく、自己の信念を頑固に貫き通せるかどうか。新しいことを生み出す人は、いつの時代も異端者に見えるものなのだ。

○『世界ビジネスジョーク集』(おおばともみつ/中公新書ラクレ)700円+税

英独仏伊の言葉を操り、通貨マフィアとして世界を股にかけた大場元財務官は、国際会議や交渉のかたわら、各国のジョークをせっせと収集していたのである。本書はEU統合を笑い、アメリカの財政赤字を笑い、ソ連の社会主義を笑い、中南米のインフレを笑う。世界の首脳たちも、遠慮なくネタにされてしまう。笑う門には英知が宿る。ジョークこそ、世界経済を学ぶ格好の教材と見つけたり。



編集者敬白





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