2002年3月16日掲載分




 ひとつの言葉が強迫観念のように一人歩きして、実態と合わない方向に世の中を動かしていく。そういうことはよくあるもので、最近の「IT革命」や「構造改革」にもそんな響きがないではない。
 なかでも1960年代に流布した「流通革命」という言葉は、本当に正しかったのだろうか。日本の流通システムは前近代的で非効率であり、消費者は高いものを買わされている。ゆえに合理化が必要だといわれてきた。しかし、百貨店、スーパー業界などは深刻な経営不振に直面し、問屋などの中間流通業者は意外にも増収増益を続けている。日本の小売業は諸外国に比べ、多品種少量の品揃えを低コストで実現しているが、これは中間業者があるからこそ。米国はむしろ大型小売店が寡占体制を築いて巨額の利益を上げている。単なる「中抜き論」が日本の事情に適しているとは思われない。
 UBSウォーバーグ証券の証券アナリストによる『問屋と商社が復活する日』(松岡真宏/日経BP社)は、こうした点を正面から問いかけている。全体として統計の使い方は粗く、思考経路も強引だが、価値ある問題提起になっている。とくに「日本における流通論は輸入学問である」という批判には大きくうなずいた。
 たぶん本書の指摘通り、問屋や商社は日本の流通システムの中でそれなりの役割を果たしている。問題はこれらの業種が、かつてのような機能や活力を失っていることだ。著者が「世界最高のベンチャーキャピタル」と評価する商社にしても、「選択と集中」やカンパニー制の導入などで、むしろ情報力の比較優位を失いつつある。つまるところ、「優れた問屋と商社だけが復活を許される」というのが結論だろう。

 今さらながらだが、小泉首相が田中真紀子前外相に贈った「重職心得箇条」が気になって書店を覗いてみた。いろんなバージョンが出ているが、かの東洋哲学の権威の解釈つき、ということで『佐藤一斎「重職心得箇条」を読む』(安岡正篤/致知出版社)を選ぶ。  全部で17箇条。しょっぱなから、重職たるものは「軽々しきはあしく候」とあるのでぶっ飛んだ。真紀子さんはこの時点でもう失格ですな。
 時代を超えて残るものには、かならずそれなりの理由があるはず。リーダーたるものの心得は、時代や文化によってそんなに違うはずがない。次の時代に伝えていきたい文化財だ。

 ちと骨休めを。『ゴルゴ13の仕事術』(漆田公一&デューク東郷研究所/祥伝社)。1968年から今日まで、「ビッグコミック」誌上で休みなく連載が続いている超有名マンガをもとにしたビジネス書。プロフェッショナルとは何かを説明するときに、ゴルゴ13ほど便利な実例はない。
とはいえ、本書にビジネスの教訓を読み取るよりは、素直に500話近くにのぼるストーリーを懐かしむのが正解だろう。ちなみに私のお気に入りは「穀物戦争・蟷螂の斧」。


編集者敬白



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