2002年2月16日掲載分




 派手な題名、派手な菜の花色の表紙。著者は元モルガン銀行東京支店長で、伝説のトレーダーと呼ばれた藤巻健史氏。『外資の常識』、『タイヤキのしっぽはマーケットにくれてやる!』のヒット作に続く第3作。これで売れなかったらどうかしている、というのが『一ドル二〇〇円で日本経済の夜は明ける』(講談社)
 本書のメッセージはこの題名に尽きている。つまり「円安によるインフレ」によって、企業業績と個人消費の不振、金融機関の不良債権、政府の財政赤字という諸問題を一気に解決しようというのである。もちろんインフレになったら、年金生活者やこれから生まれてくる世代のように、困る人もいる。だが、今生きている人にはインフレが必要であり、構造改革を進めるための時間を稼ぐためにも円安が必要、という。
 題名から、超楽観論のような印象を受けるかもしれないが、根底にあるのは、「日本に残された時間は多くないし、取り得る手段はもうインフレ誘導しか残っていない」という冷徹な認識である。90年代、藤巻氏は日本の構造不況に賭けて国債を買い進み、莫大な利益をあげた。しかるに今や財政赤字は臨界点に達しており、国債の暴落(長期金利の上昇)は必至であるという。そして「円安、債券安、株高、土地高」になると読み、実際にポジションを取っているという。
 この本が主張する通り、1ドル200円になれば藤巻氏は大儲けだが、そうならなかったら全身で損害を受けとめることになる。それだけにリスクテイカーの言葉には、エコノミストとは違った迫力がある。


 いやそうじゃない、円安になったらそれこそ大変だ、というのが『キャピタル・フライト 円が日本を見棄てる』(木村剛/実業之日本社)。単に「見捨てる」ではないところにご注意。歯に衣着せぬ直言で知られる木村氏は、この本でも容赦がない。「金融庁のやり方じゃ駄目」「大手30社に対する引き当てを積み増しせよ」「日本のマクロバランスは破綻する」「量的緩和は効果がない」などなど。しかるに政府も金融機関も反応は鈍い。もたもたしていると、本当に日本は「見棄て」られるかもしれないぞ。


 アジア初のノーベル経済学賞受賞者、アマルティア・セン博士の講演をまとめたのが『貧困の克服』(集英社新書)。東アジア経済の成功は、@基礎教育を重視したこと、A人々の基本的なエンタイトルメントを広範に普及させたこと、B国家機能と市場経済の効用を巧みに組み合わせたこと、だという。この成功パターンを生み出したのは日本。たとえば1906〜11年の日本では、市町村予算の43%が教育費に当てられたという。「人間的発展は経済的成功に優先する」というセン博士の認識は、これまでの市場原理重視の開発経済論に一石を投じるものといえる。



編集者敬白



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