『東京アンダーグラウンド』ロバート・ホワイティング
角川書店 (一九〇〇円)



 世紀の変わり目にふさわしく、過去を発掘するノンフィクションの労作があいついでいる。とくに戦後の日米関係について、収穫がある。

 春名幹男『秘密のファイル』は、CIAによる対日工作半世紀の記録だった。そしてこの『東京アンダーグラウンド』は、「夜の日米関係史」ともいうべき、東京の暗黒街の記録である。いずれもこれまでベールに覆われていた部分に光を当てている。

 太平洋戦争終結後、アメリカから日本に渡ってきたのは理想に燃えた人々だけではなかった。焦土の東京で一稼ぎしようと考えた食わせ者たちもいた。イースト・ハーレムに生まれ、GIとして東京に上陸したニコラ・ザペッティはその典型だった。彼は闇社会で成功と失敗を繰り返し、「東京のマフィア・ボス」と呼ばれるようになる。彼が経営するレストラン「ニコラス」には、政治家、ヤクザ、高級娼婦、スパイなど、謎めいた日米の地下人脈が集結する。

 本書はもともと、アメリカ人の読者に向けて英語で書かれている。そのため著者の関心は、日本のユニークな文化と慣習に多くが割かれている。 とはいえ、日本の読者からみれば、アメリカ人から見たヤクザの生態や政治の腐敗、不透明な流通システムなどは、「今さら」という感じを否めない。力道山が朝鮮半島出身だったとか、ロッキード事件の内幕などもさほど真新しい話ではない。

 圧倒的に面白いのは、ニコラ・ザペッティの波乱の生涯である。マーチン・スコセッシ監督が、本書を映画化すると伝えられているが、まさにそういう素材なのである。短気で、貪欲で、精力的で、なおかつ憎めないアメリカ人が、復興期からバブル経済にかけての日本で何をしてきたか。

 読み終えて、ここに描かれた世界が東京にとって恥ずべき過去だとは思えない。むしろ今日の六本木や赤坂に、こんな人間ドラマがあったことに感動を覚えるほどだ。

 日米関係は「世界でもっとも重要な二国間関係」といわれる。一九五一年にサンフランシスコ講和条約が結ばれ、対日占領が終わり正式な二国間関係が始まってから間もなく半世紀。この間の経済や安全保障分野の相互依存関係はよく知られている。

 最近になって、日米の下半身部分に関する貴重な証言が残されつつあることは意義あることだと思う。







編集者敬白



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