『石原慎太郎 次の一手』 大下英治
徳間書店、(一八〇〇円)




 支持率九%の首相の後に、支持率九割弱の首相が誕生するという事態は、良かれあしかれ政治のダイナミズムと形容していいだろう。四月に行われた自民党総裁選挙は、永田町景色をすっかり変えてしまった。「閉塞状況」の代わりに「構造改革」が旬の言葉となり、小泉首相は向かうところ敵なしの感さえある。

 しかし総裁選以前のメインシナリオは、「橋本首相誕生→参院選で自民党大敗→政局流動化」だった。そこで密かに期待されたのが、「石原新党立ち上げ→解散・総選挙→石原首相誕生」の展開である。混迷する政局に対する有力なソリューションのひとつだけに、本書のような「石原本」が緊急出版され、多くの読者が手に取る理由がある。

 小泉首相誕生後は、石原新党はサブ・シナリオ的な存在に後退した。それでもこの可能性は生きている。現政権に何かが起これば、再び脚光を浴びるだろう。慎太郎都知事としては、当面は変な色気を見せずに、任期いっぱい「東京から日本を変える」試みを続けることになろう。

 本書から伝わってくるのは石原氏の意外な周到さである。たとえば銀行への外形標準課税は、ぎりぎりまで秘密を守って、国会報道が沈滞した瞬間を狙って発表する。ディーゼル車規制問題では、自動車が排出する粉末をペットボトルに入れ、効果的な小道具として使う。いずれも世論を味方につけるための心憎いテクニックである。

とはいえ、石原待望論はそんな「小技」によるものではない。リスクを背負って、自分の言葉で語る姿勢こそが、人気の源といえよう。

 最近の日本では、「自分はこうしたい」というのではなく、「皆さんの意見をよく聞いて」という人ばかりが目立つ。頑固おやじはいなくなり、決断に時間がかかるトップが増えた。

 ところが二人だけ例外がいる。小泉首相と石原都知事は、「自分はこうしたい」という思いがあり、マスコミがなんと書こうが信念を曲げるつもりがない。思えばそれは指導者として、当たり前の資質なのだけれども。

 本書によれば、石原氏は在学中、社会学の高島善哉教授から「社会科学の最高の実践舞台は政治だ」と学んだという。石原氏こそは、生涯をかけて生きた社会科学を学んできた学徒なのかもしれない。



編集者敬白



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