けっして平易とはいえない本が、書店で平積みになっている。書評や著者インタビューが、本誌『財界』も含む経済雑誌に取り上げられている。
となれば、本書の主張は、すでに多くの読者に届いていると見ていいだろう。つまり著者の狙いは成功したのである。だが、本書のメッセージは以下のように突拍子もないものである。
・中央銀行は信用創造をコントロールすることで、好況や不況を自由に演出できる。
・終戦直後からの日本経済は、日本銀行が思いのままに操ってきた。
・バブルの生成と崩壊、その後の十年不況は、日本銀行の手によって意図的に作られた。そしてその計画書が「前川リポート」であった。
・日本銀行の狙いは「大蔵省からの独立」だった。その目的が達成された今、彼らは信用創造に向かうので、日本経済は回復に向かうだろう。
『円の支配者』は評価しがたい本である。一線級の知性が十分な時間をかけた労作であることは間違いない。日銀の窓口指導が果たしてきた役割や、歴代の「円のプリンス」たちについて、おそらく初めて詳しく取り上げている。実際、膨大なフットノートを見ただけでも、本書がいかにアカデミックで良心的であるかが分かろうというものだ。
とはいえ、右のような主張は、金融の現場にいる人、あるいは健全な想像力の持ち主にとっては、「手の込んだトンデモ本」ということにほかならない。
というより、ヴェルナー氏が見破った通りであれば、日本人にとってはまことに幸いである。中央銀行の慈悲により、景気はこれから回復に向かうというのだから。
こういう本が、十五万部も売れるという現象をどう読み解けばいいのだろう。これから痛みを伴う構造改革本番を迎える日本経済にとって、この手の陰謀史観は耳に心地よく響くかもしれない。だとしたら「単なるトンデモ本」と捨て置くべきではあるまい。
批判の矢面に立っている日本銀行は、しかるべき反論を加えるべきだろう。少なくとも、本書が日銀による陰謀の証拠として取り上げている「先行リクイディティ指数」は、どういう方法で算出しているのかくらい、著者に尋ねてみてはどうか。
これも一種の「市場との対話」ではないかと思うのだが。
編集者敬白
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