『ウォール街のランダム・ウォーカー』
バートン・マルキール
日本経済新聞社(二三〇〇円)
私事で恐縮だが、「株の世界に天才は可能か」を生涯のテーマに定めている友人がいる。ファンドマネージャーとして長年活躍し、ニューヨークやロンドンでも働いたが、プロの世界で天才に出会うことはついになかったそうだ。
そこで彼は、素人の中に天才を求め、シミュレーション株式投資のホームページを立ち上げてみた。すると低金利に悩む幾多の人々が、「株を始めたいけど恐い」と感じていることに気づいたそうだ。
わが国個人金融資産千三百兆円のうち、株が占めるのは百兆円程度。バブル崩壊の痛い経験や、個人を顧りみない証券会社の古い体質など、愉快でない記憶は多い。
しかし株式市場が未成熟なままでは、個人の資産運用手段は限られるし、日本経済も発展しない。自立した投資家を育てることは、緊急課題ではないだろうか。
さて米国では、株式投資についての面白い本が数多く出版されている。特に本書は、三十年前に書かれて第七版まで重ねた証券投資本の決定版。アカデミックな話から具体的な投資術まで、大学教授が舌鋒鋭く解き明かしている。
そもそも株価は説明することは難しい。ファンダメンタルズから説明するか、人間の心理の産物と見るか、二通りの見方があるが、いずれも当てにはならない。なぜなら株価の動きはランダムであり、過去から将来を予測することは不可能であるという。
ここから導き出される結論は単純である。つまり「株の世界に天才はいない」。素人は、プロを恐れたり敬ったりする必要はない。知恵を絞った投資といえど、ダーツを投げて決めた投資を上回ることは至難だという。
本書の主張は、株のプロたちにとっては由々しき大問題であろう。しかし、本書は証券アナリストやチャーチストたちを次々にまな板に上げ、見事にこき下ろしていく。その筆致はまことに痛快で、説得力に富む。こういう本が三十年前から読まれているところに、米国における個人投資家の成熟度が窺える。
さて、冒頭に述べた友人は昨年末に会社を辞め、「株式投資啓蒙家」として独立した。今後はインターネットを通じ、健全な株式投資の普及に努めるという。興味のある人は、ここを覗いてみてください。
編集者敬白
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