友人に薦められて一気に読んだ。二年前に出た本だが、大きな話題になった記憶がないのでここで紹介する意義があると思う。
題名通り、本書はロシアの「軍と核」を追ったノンフィクションである。朝日新聞のモスクワ特派員(当時)である筆者は、核ミサイル基地や、プルトニウムなどを生産する秘密の封鎖都市、原子力潜水艦の解体工場など、これまで西側に閉ざされていた場所を取材していく。淡々とした筆致で描き出されるのは、驚くべきロシアの現状である。
「今月は必要最小限の予算の四%しか受け取っていない」と嘆く国防相。慢性的な軍の予算不足のため、生活のために血を売る将校たち。ずさんな状況に対し、抗議のために自殺する核物理学者。チェチェンとの戦いで、体と心を損なう若者たち。
軍がこんな状況であるから、当然のように起こる核物質などの盗難。プロの犯罪グループならまだしも、素人が思いつきでウランを盗み出す怖さ。ソ連時代に開発された、スーツケース大の携帯型小型核爆弾が何個も行方不明になっているという。なにしろ、「そもそもロシアには、核物質を保護する国家的な方針がない」のだから。
とくに戦慄すべきは、原子力潜水艦に関する報告である。帝政ロシア以来、外海への執念を持ったソ連は、潜水艦の建造に執念を燃やしてきた。冷戦が終わり、いまでは原潜の解体を急がなければならない。ところが予算不足のために、作業は遅れている。原潜を輪切りにしたものの、屑鉄の買い手さえいない。まして原子炉や使用ずみ核燃料をどこに保管するのか。
太平洋艦隊では、これまでに約六〇隻の原潜が退役し、解体が終わったのは一〇隻に過ぎない。残る五〇隻はカムチャッカ半島から沿海地方に係留されているそうだ。
ロシアといえば、遠いようで近い国である。日本海への放射性廃棄物の投棄など、われわれの身近な問題である。北方領土どころの騒ぎではない、というのが読み終えて正直な実感である。
これだけの現実を描きながら、硬質な文体は全編を通じて抑制が効いている。書き手の「感情」や「分析」が氾濫する仕事が多い中で、西村氏のストイックな手法は光ると思う。
編集者敬白
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