『二十一世紀日本の国家戦略』中曽根康弘
PHP研究所 (一五〇〇円)



 政治家が書く本は、ごくわずかな例外を除いて面白いことがない。というより、そもそも本人が書いていないことが多い。その点、中曽根元首相による本書は、間違いなく本人の肉声を伝えている。

 中曽根氏は戦後第三位の長期政権を担当し、半世紀以上にわたって衆議院議員を務め、大勲位にも叙せられた。文字通り位人臣を極めた人が、新しい世紀の到来を前に今どんなことを考えているのか。

 読んでみると、案の定、日本の現実を「見ちゃおれん」とばかりに、熱く語っている。退陣のときに、「暮れてなお命の限り蝉しぐれ」と詠った中曽根氏は、あいかわらず意識は現役であるようだ。

 真っ先に取り上げられているのは官邸の情報機能の強化である。日本の弱点として、まずここに目がゆくところが興味深い。また、官邸に上がる種々の答申は、立派なことは書いてあるが、タイミングやプロセスについて書いていないから使えないという。諮問機関を上手に使った元首相だけに、面白い指摘である。

 長年の持論である首相公選制や集団的自衛権、対米関係や中台関係への提言、もちろん憲法改正も論じられる。

 教育改革に関する部分は、戦後教育を受けて育ってしまった側からみれば、いささか復古調過ぎるように思える。それでも歴史観や政治家としての実体験があわせて語られているので、中曽根氏の世界観が理解しやすい。賛成するか反対するかは別にして、とにかく「中曽根節」は体系的であり、首尾一貫している。

 一方、科学技術政策に対する造詣の深さには驚かされる。ヒトゲノムからサイバーテロ対策にまで、中曽根氏の関心領域は広い。これに対抗できる現役政治家がいるかどうか、気になってしまう。

 思えば中曽根首相の時代から、もう十年以上も過ぎてしまっている。二十一世紀の構想を描く仕事は、当然もっと若い世代が担うべきである。しかし現役世代の不甲斐なさは、蔵相から東京都知事まで、すでに仕事を終えたはずの人に再登板願っているような事態にあらわれている。

 二十一世紀の国家戦略を考える際に、八二歳の元宰相の著書に注目が集まることは、果たして喜ぶべきことだろうか。こういう本を書く若い議員が、もっと大勢出てこなければならない。





編集者敬白



書評欄へ




溜池通信トップページへ