『陸奥宗光とその時代』
岡崎久彦
PHP(二二〇〇円)
外交官OBであり、当代きっての国際情勢分析家である岡崎久彦氏は、ここ三年来、日本の近代外交史を執筆することを、毎朝の目標にしている。明治維新から第二次大戦までの七十七年間を対象としており、全四巻になる予定である。岡崎氏は執筆の動機を次のように語っている。
「私が外交官を務めた戦後四十年間の日本は、敗戦国であり、二流国でしたから、外交も二流だった。あまり書き残すべきこともありません。それよりもまず、世界の歴史に影響を与える力があった一流国時代の一流の外交と、その没落の一部始終を若い人たちに知ってもらいたいと思うのです」(『自分の国を愛するということ』海竜社より)。
たしかに、われわれが今日見聞きしている日本外交とは、胸を張ってこれが一流と言えるものではなさそうである。しかしかつては、間違いなく日本外交が一流だった時代があった。それが『陸奥宗光とその時代』である。
誕生したばかりの近代国家が、いかにして不平等条約の改正に挑み、日清戦争を勝ち抜き、三国干渉に対応したか。ときは弱肉強食の帝国主義時代であり、ひとつ判断を誤ればどうなっていたか分からない。陸奥宗光はこれらの難題に当たり、ぎりぎりのところで日本外交を導いた。
本書の印象深い点を二点だけあげておく。ひとつは陸奥の父に関する逸話であり、江戸時代の教育水準の高さである。エリート、インテリと呼ばれる人々の層が厚くなければ、一国の外交がうまくゆくはずがない。岡崎氏は「江戸の教育が明治の飛躍を可能にした」ことを指摘している。
もう一点は、帝国主義時代の日本外交を努めて肯定的に描いたことである。陸奥が行ったのはビスマルク張りの国益重視、現実主義外交である。今日の視点から見れば批判もあろうが、陸奥の判断の的確さはまさに「一流の外交」であり、百年前の日本外交の凄みを味わうことができる
本書は既刊の『小村寿太郎とその時代』(日英同盟から日露戦争)へ、さらに来年出版予定の『幣原喜重郎とその時代』(第一次大戦から満州事変まで)、さらに第二次大戦へ向かう第四巻へと至る。
このシリーズは、大き目の活字を使い、近頃ではめずらしいルビが施されている。巻末注や資料も充実している。若い世代に本物の歴史を、という意気込みが伝わってくる。
編集者敬白
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