『日本よ、台湾よ』 金美齢・周英明
扶桑社 (一四〇〇円)




 電車の中で本書を開き、十分後にあわてて閉じた。電車の中で読んでは申し訳ないと思ったのである。本書は祖国と厳しく向かいあった人間の信念の記録であり、ギリギリの人生を生きた男女の青春譜であり、そして美しい夫婦愛の物語でもある。

 台北生まれの金美齢さんは、日本に対して優しく苦言を呈される評論家として、テレビでもご活躍中。日本生まれで、終戦によって台湾に帰国した周英明さんは、東京理科大学教授である。

 お二人は若くして故郷を離れ、昭和三〇年代半ばに日本に留学する。外国人に対しお世辞にも開かれているとはいいがたいこの国だが、二人はともに日本で初めて自由を得たと感じる。そのまま故郷を振り返らぬ人生も選び得たけれども、結局は台湾の民主化運動に身を投じることになる。

 きっかけになったのは、台湾人留学生の手による『台湾青年』という同人誌であった。勇気ある雑誌の存在が、「自分が良ければそれでいいのか」と若い心を揺さぶる。

 この雑誌はもうひとつ、二人を引き合わせるという大きな役目を果たす。周英明さんは、彼女が話すきれいな日本語に惹かれた、と言う。金美齢さんは価値観が完全に一致したから、と語る。二人はゴールインして日本に生活の基盤を持つ。

 普通の日本人にとってこの上なく平和なその後の四〇年は、台湾の国民党に対する「反逆者」となった二人にとっては、明日をも知れない苦労の連続だった。パスポートは剥奪され、命の危険や生活の不安にも脅かされた。

 しかし彼らの信念よりも早く、現実の政治の方が先に変化した。台湾は民主化し、昨年には独立派の陳水扁が総統になる。ついに故郷が温かく二人を迎える日が訪れる。 本書は台湾と台湾人のことを知る絶好の本だと思う。日本はかつて植民化した台湾を、誤解したり、裏切ったり、無視したりしてきた。今でもマスコミは、台湾を「国」と呼ばないように注意深く言葉を選んでいる。

 金美齢さんは指摘する。「日本が反省しなければならないのは、戦前の植民地時代ではなく、戦後の台湾への姿勢にあるのではないか」。

 「大陸中国」よりはるかに親しみやすい「島国中国」を、われわれはなぜもっと大切にしないのだろう。



編集者敬白



書評欄へ




溜池通信トップページへ