『日本を決定した百年』吉田茂
中公文庫(七〇五円)
明治百年といわれた一九六八年、日本は西独を抜いて自由世界第二位の経済大国になった。この年はまた、貿易黒字が定着した年でもある。まだ日本全体が、「坂の上の雲」を仰ぎ見ていた頃。戦後日本の復興と発展は、当時の世界の賞賛の的であった。
この前年、エンサイクロペディア・ブリタニカは、百科事典の付録である補追年鑑の巻頭論文の執筆を、吉田茂元首相に依頼した。かくして吉田茂の手による、明治建国から戦後復興まで百年の歴史書が残った。
その後、ほとんど忘れられていたところ、中公文庫が新刊書として復刊してくれた。本書の再発見を感謝したいと思う。
粕谷一希による解説の中で、吉田茂が本書の執筆を、当時少壮の学者であった高坂正尭に依頼したことが明かされている。咸臨丸の渡米に始まり、奇跡の経済復興に至る百年の簡潔にして要を得た描写は、なるほど高坂節かと思うと妙に納得がゆく。
それと同時に、明らかに吉田自身が手を入れたと思われる部分も少なくない。たとえば終戦一ヶ月後に外務大臣に任命されたとき、鈴木貫太郎首相から「戦争は負けっぷりが良くないといけない」といわれたという部分がある。実際、良き敗者たることは、その後吉田が占領軍と交渉する際の基本原則となった。
ところで「良き敗者」という原則は、幕末の攘夷から開国への劇的な転換をも可能にした。明治から百年の日本人は、現実的で変わり身が早く、勤勉で楽天的である。昔の体制にこだわったりはしない。
本書の誕生から四〇年近くが過ぎ、ここ十年は特に昏迷が続いている。バブル経済以後の日本に対し、「第三の敗戦」という呼び方もある。もしもこの評価が妥当だとしたら、今回のわれわれの負けっぷりはなんと悪くなったことだろう。吉田茂が見たらなんと言うだろうか。
明治百年の日本はたしかに恵まれていた。それはおそらく、日本人がすぐれた歴史の感覚をもち、勤勉に働いたおかげで与えられた贈り物のような幸運だったのだろう。
スランプに陥ったスポーツ選手は、調子の良かった時期を思い出して復調のきっかけをつかむという。本書には、迷走する現代日本にとって有益なヒントが、たくさん隠されているような気がする。
編集者敬白
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