『金融行政の敗因』西村吉正
文春新書(七一〇円)
ある銀行内の書店では、本書が人気第一位だと聞いた。一九九四年から九六年かけて銀行局長を務めた著者による金融行政への論考である。
なにしろ、西村銀行局長の時代、金融界は「東京二信組問題」「大和銀行巨額損失」そして「住専処理」という難問で揺れ動いた。何度も国会答弁に立った、西村局長の歌舞伎役者のように端正な顔だちを覚えておられる方は多いのではないだろうか。
この手の本は、普通は「敗軍の将、兵を語る」となって言い分けが多くなるものだが、書名に「敗因」とつけるだけあって、驚くべき率直さで全編が貫かれている。
「バブルの発生・崩壊を近頃はやりの第二の敗戦にたとえるならば、私はミッドウェー海戦の頃に戦線に加わり、ついぞ勝ち戦を知らず専ら退却と敗戦処理を重ねてきたことになる」
護送船団の元司令官ともいうべき著者は、冒頭でここまで言い切ってしまう。本書はこういう知的正直さを土台としている。
実際、西村氏ほど多くの批判を浴びてきた官僚は少ないだろう。本書の中には反省の弁と、当時は説明できなかった胸のうち、さらに若干の反論が込められている。特に以下のようなホンネ部分には説得力がある。
「制度改革を妨げるのは官僚の既得権意識、という類型的な批判は私には空しく響く」(六四頁)、「住専問題があのような結論になったのは大蔵省が強大だったからではない。むしろ大蔵省が信頼を失い、力を低下させてしまったからだ」(一四五頁)、「政策運営責任者の側が『それではお前やってみろ』と言ってしまってはおしまいである」(一八八頁)。
西村氏が大蔵省を退任したのち、金融界は山一・北拓ショックなどのさらなる激震を体験する。その後の変化を思えば、当時の金融行政の努力は、西村氏がみずから認めるように「暴力なき改革の限界」であろう。
それにしても一読して痛感するのは、「誰が銀行局長でもおなじ結果になったのではないか」ということである。ミッドウェー以後の太平洋戦争のように、今もなお勝ち目のない戦いが続けられているのではないか。なにしろ、問題はこの国の制度自体にあるらしいのだ。
編集者敬白
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