『日本の近代5政党から軍部へ』北岡伸一
中央公論新社(二四〇〇円)
一九二〇年代の日本は、政党政治が実現し、国際協調路線のもとに、ある種の豊かさと自由を実現していた。都市文化が花開き、メディアやスポーツも発達した。
しかし三〇年代になると、テロやクーデターが相次ぎ、軍部の影響力が強まる。中国戦線は膠着し、日本は国際的に孤立する。最後は日米開戦という事態に向かう。
歴史上の知識としてみると、この間の日本の転落はあまりに唐突で、意外な感じさえする。しかしその結果の重みを思えば、知らないでは済まされない時代である。
実は評者のような若い世代にとって、この時代の知識はしばしば盲点なのである。まず学校の歴史の授業は、このへんをあまり教えない。次に自分の父母が生きていた時代なので、いろいろバイアスのかかった情報を吹き込まれている。さらにこの時代について書かれた本を読んでいると、やり切れなくなってつい放り出してしまうことが多い。
思うにこの時代が記憶としてあまりに生々しく、純粋に研究の対象としきれていないからであろう。歴史の証人が大勢存命であるために、かえって自由にモノが言いにくくなっている感がある。
『日本の近代』は、新生なった中央公論新社が、全十六巻で完成を急いでいる日本近代史のシリーズである。北岡伸一・東大教授が第五巻、「政党から軍部へ」を執筆している。時代的には原敬の暗殺から対米開戦までを扱っており、政治、外交、経済から庶民の暮らしまでを、実に過不足なく描いていて、若い世代にとってはありがたい本になっている。
歴史を語るとなると、皇国史観から自虐史観、果ては「新しい歴史を作る」など、極端な意見が多い中で、本書の筆致はきわめて常識的で、現実主義的である。つまり安心して読むことができる。
図版が多く使われていることもうれしい。「皇太子時代の昭和天皇」(一四P)など、往時の雰囲気を伝える貴重な写真に多く接することができる。
本書は、二〇年代の自由な精神と、三〇年代以後の組織化と平等主義が、戦後の復興と発展の出発点になったと結論している。なるほどこの時代の精神は、良い意味でも悪い意味でも、戦後に生きるわれわれのDNAの中に健在だと思う。さて、九〇年代は次の世代に何を残せるのか。
編集者敬白
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