『オランダモデル』 長坂寿久
日本経済新聞社 (一七〇〇円)



海外事情を調べるときは、どうしても英語情報が頼りとなる。欧州に関する話も、英国経由で伝わることが多い。そうなるとG7以外の国の話は、めったに入ってこない。

ゆえにオランダのような国は、ついつい盲点になってしまう。干拓やチューリップのことは誰でも知っているが、最近のオランダ経済がどうなっているか、知っている日本人は少ないのではないか。

一九八〇年代には「オランダ病」という言葉があった。巨額の財政赤字、低い国際競争力、二桁の失業率、というのがオランダ経済だった。

それが九〇年代になると一変する。毎年、EU平均を超える成長を続け、ユーロ圏一一カ国で最初に財政赤字の基準値を達成し、二桁台だった失業率は三・一%(九九年)にまで低下した。こうしたオランダ経済の奇跡に対し、高い評価が寄せられている。

オランダが成功したのは雇用改革である。ひとことでいえば「ワークシェアリング」を上手に導入した。労働時間短縮、早期退職優遇、パートタイム労働の促進などにより、労働市場に柔軟性を持たせた。いまやサービス産業を中心に、全労働人口の三分の一がパートタイマーであるという。

こういうと、ただ労働条件を改悪したように聞こえるかもしれない。だがこうした雇用改革が、労働者の積極的な選択のもとに進んだ点に、オランダモデルの優秀性がある。パートタイマーはフルタイムと同じ地位が与えられ、昇進や社会保障、組合参加などで差別されることはない。

一連の雇用改革は、オランダの政・労・使が合意を結び、賃上げ抑制、時短、減税、財政赤字削減などに取り組んで実現した。労組が果たした役割が大きい点が、いわゆるアングロサクソン型の改革と違っていて興味深い。

本書の執筆者は、ジェトロのアムステルダム駐在員を務めた長坂寿久氏。本書の題名が示すオランダモデルとは、雇用とコンセンサス作りのことだけではない。「高齢者が元気で過ごしている」「社会悪を上手に制御している」「政府とNGOが協力している」など、この国の優れた面が紹介されている。

今年は日蘭交流四〇〇年だそうだ。江戸時代の人々はオランダ語で西洋の知識を学んだ。われわれがこの国から学べることは、まだまだあるのではないだろうか。



編集者敬白



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