『通貨が堕落するとき』木村 剛
講談社 (一八〇〇円)



 「百歩譲って、法律論としてはお前の言う通りだとしよう。しかしな、この瑕疵担保理論には致命的な欠陥がある。―(中略)―それは買い手に資産価値を下げるインセンティブを与えるということさ。―(中略)―三年間に二割以上値段が下がれば、その分はありがたいことに日本政府が面倒を見てくれるんだ。こんな馬鹿な契約はない」(本書二七四頁)

 大手百貨店そごうの破綻を予言するかのように、この小説は今年五月に発刊された。その後の騒動は、あらかじめ予想ができたという何よりの証拠である。

 著者は元日銀マンで、現在は金融コンサルタント。金融検査マニュアルの検討委員も務めた。いわば金融政策のインサイダーである。その木村氏が警告しているのは、瑕疵担保特約の陥穽だけではない。

 この小説は二〇〇三年、公的資金七〇兆円がきれいさっぱり使い果たされるところから始まる。主人公の言によれば、「九九年一二月二九日にペイオフ延期を決定したときからわかっていたことだよ」―とは聞き捨てならない。

 問題銀行はどんどん赤字を垂れ流すが、金融監督庁は断固として市場からの退場を命じることができない。かくして三年後には公的資金枠が足りなくなってしまう。つまり壮大なモラルハザードが進行するのである。

 あいにく、こういう事態を絵空事だと笑い飛ばせるような状況ではない。金融不安の再燃が噂され、金融担当相は頻繁に交代し、株価は下落し、財政赤字は増大している。

 このままいくと、本書のラストが示すように、超インフレによる解決を待つしかないのだろうか。本書が少しでも多くの人の目にとまり、現下の議論に一石を投じることを祈りたい。

 ところで本書には、実在の人物が数多く仮名で登場する。そのへんを推測しながら読むのも一興であろう。サマーズ財務長官とおぼしき人物は、赤坂の料亭でダイエット・コーラがないといって怒り出す。笑えるエピソードである。

 一方、リチャード・クー氏とポール・クルーグマン教授の扱いはやや公平さを欠いているようだ。お二人が読めば気を悪くするだろう。総じて劇中の議論は勧善懲悪的で、いつも片方がきびしく断罪される。その当たりが小説としては不満が残る。



編集者敬白



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