『秘密のファイル(上・下)』 春名幹男
共同通信社 (各一八〇〇円)



著者の春名さんご自身から、じかに聞いた話が印象に残っている。海外で自己紹介するとき、「ジャーナリスト・オン・プラクティス」と名乗るのだそうだ。察するに「いつも修行中」の心意気なのだろう。

ジャーナリストは、医師や弁護士のように資格や免許があるわけではない。取材を面倒に感じるようになったら、おそらくハルバースタムであってもいい仕事はできない。ジャーナリストであり続けるためには、修行を休んではならない。

春名氏が本書で挑戦したテーマは、「情報工作という視点から描く日米関係の裏面史」である。そのために春名氏は、ワシントンの国立公文書館に通って、十万ページを超える米国政府の秘密文書類に目を通し、数万ページのコピーを取った。そしてファイルに記された事実を、生きた証人に会って確かめた。気の遠くなるような作業の結果、この上下巻が完成した。文字どおりの労作である。

本書には多くの人物が登場する。吉田茂や岸信介のように、ほぼ評価が固まっている人物さえ、米国側の資料を通してみると、意外な姿が浮かび上がってくる。

児玉誉士夫や笹川良一がCIAに協力していたことも、遠慮なく描かれている。安保改定をめぐる日米間の密約や、自民党への選挙資金提供など、「ああやっぱり」といった秘話も明らかにされる。

同時に日本工作を実施した、米国側の顔ぶれが興味深い。特に戦後の政界工作を行ったポール・ラッシュが、引退後は「清里の父」となった逸話には驚いた。

CIAという情報機関は、スパイ小説になるくらいだから、とかく大袈裟に見られがちである。しかし本書から伝わってくる姿は、あくまでもひとつの官僚組織である。彼らは悪辣な意図を持って、日本に陰謀を仕掛けたのではない。米国の国益に沿って、真面目に仕事をしたに過ぎない。おそらく今日も、仕事を続けていることだろうが。

読み終えて感動を覚えるのは、米国法に基づいて過去のファイルが公開され、ほとんどの情報へのアクセスが可能になっていることだ。情報を記録し、公開することへのアメリカ人の熱意は、いつものことながら頭が下がる。そしてそれを読み込んだジャーナリスト・春名氏の熱意には、心から拍手を送りたい。



編集者敬白



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