小学館SAPIO
2001年6月13日号
P78〜80
ブッシュ経済はホワイトハウスを牛耳る
「草の根保守派」から読め
ブッシュ政権が発足してから四ヵ月。就任早々の株安に始まって、練習船えひめ丸の事故、中国での偵察機事故など、不運にも見舞われたものの、米国内では六割前後の支持率を得て、「まあ及第点」のスタートといわれている。
ただし外から見ていると、不可解なことも少なくない。昨年末、フロリダ再集計の混乱により、米国内は共和党と民主党支持者の間に深刻な亀裂が生じた。そこでブッシュ政権は民主党への歩み寄るものと見なされていた。事実、ブッシュ候補が選挙戦で繰り返したのは「温情ある保守主義」というスローガン。教育や社会保障問題を前面に取り上げる、共和党らしからぬ候補者だった。ブッシュ大統領は父親がそうだったように、穏健派で中道寄りの大統領になるというのが大方の読みだった。
しかし、ブッシュ大統領は中道寄りのポーズを示しつつも、「向こう十年間で一兆六千億ドルの減税」、「国家防衛ミサイル網を建設へ」、「京都議定書を離脱」、「中国に対する敵対的な姿勢」など、これでもかといわんばかりに保守的な政策を打ち出している。「最初の百日間」は、新政権への批判を差し控えるのが米国議会やマスコミの流儀だが、紳士協定が失効した現在では、さすがにリベラル派の反撃が激しくなっている。この現象をどう読み解けばいいのだろうか。
難解な幾何学の問題が一本の補助線によって解けるように、とある一人のスタッフに焦点を当てることによって、この謎をきれいに説明することができる。その男はホワイトハウスの大統領政治顧問、カール・ローブ、五〇歳である。
●ホワイトハウス内外では「木戸御免」の特権
ヒラリー・クリントン夫人の執務室はホワイトハウスの西ウイングにあった。本来は、大統領家族のスペースは住居棟である東ウイングに限られていたのだが、そこは「二人で一人前」のクリントン夫妻。ヒラリーは業務の中枢である西ウイングに陣取り、八年間にわたって影響力を発揮し続けた。
そして現在、かつてのヒラリーの執務室を使っているのがカール・ローブである。ただし部屋にいることはめったにない。いつも小刻みにホワイトハウスの内外を動きまわり、ブッシュ政権の振り付け師として働いている。その影響力たるや、前政権におけるヒラリーの活躍に匹敵するものがある。
さる晩、ブッシュ大統領は共和党の上院議員たちをホワイトハウスに招いた。ところが客は閣議室の奥に立つブッシュはさておき、入り口に立っている額の禿げ上がった、丸顔の冴えない男の前で立ち止まった。おかげで部屋の入り口に、ときならぬ渋滞が発生した。当夜の客であったビル・ファースト議員(テネシー州選出)は語る。
「みんなが立ち止まって声をかけるから行列が出来たんだ。彼がいかに重要かは分かっているからね。カールは大統領府という車輪の軸であり、活動の中心点なんだから」
ブッシュ大統領に関する報道を注意深く読み込んでいくと、いろんなところで「カール・ローブ」の名前を拾うことができる。たとえば、ニューヨーク・タイムズの四月二二日付け記事”Bush Team Sensed Economic Slump Early”(ブッシュ陣営は景気後退を早くから認識)。経済担当補佐官のローレンス・リンゼーは、ブッシュ大統領に対して週に三回、オーバル・オフィス(大統領執務室)で経済情勢に関するブリーフィングを行っている。このとき同席する顔ぶれは次の通り。
企業でいえば調査部長にあたるリンゼーが、社長であるブッシュに当面の経済状況を説明する際に、副社長や秘書室長が同席するのはごく自然である。ではローブの役どころは何なのか。同記事は、「ローブは、景気が有権者のムードや大統領の支持率にどんな効果をもたらすか追跡している」とだけ紹介している。
そういう人物であればクリントン時代にもいた。敏腕な選挙コンサルタント、ディック・モリスは世論調査を駆使し、九六年のクリントン再選に貢献した。モリスは「大統領を動かす男」と呼ばれ、スキャンダルで失脚するまでワシントン政治の中心人物だった。
ただしモリスの仕事は、あくまで大統領を選挙で勝たせることに限られていた。モリスが政治の表向きに介入しようとすると、パネッタ首席補佐官たちが激しく抗議した。やむなくモリスは自分の行動範囲を制限し、他のスタッフたちと妥協せざるを得なかった。
これに比べれば、ローブはホワイトハウスにおけるオールマイティと言っていい。ローブは単なる政治顧問ではなく、ホワイトハウス内の新設調査機関ともいうべき「戦略イニシアティブ室」を任されている。ゆえに必要とあれば、ホワイトハウス内や関係省庁の会議はどこでも「木戸御免」で出席できる権限を有している。
ローブは大統領にはいつでも会うことができるし、毎日、二人きりで大統領に会っている。大統領への近さがモノを言うワシントンにおいては、これは決定的に有利な条件だ。大統領のスピーチの内容はもちろん、どこをどういう順序で訪問し、誰と会ってどんな話をするかといった細部に至るまで、ローブが関与して指図をしているという。
ローブの仕事のスタイルは、「周到に準備してテーブルに着き、多くの提案をして、最後は紙にして席を立つ」ことだ。大統領選挙のチーフ・ストラテジストだった時代も、「ブッシュ選対でローブが知らないことは何ひとつない」とさえいわれた。その徹底ぶりには「コントロール狂」という呼び声もあがっている。
たとえば大統領選挙の直後、フロリダ再集計問題で他のスタッフが浮き足立っていた頃、ローブはただひとり「ブッシュがホワイトハウス入りした後のシナリオ」を練っていた。第一週目には議会の大物と面談するが、その際の順番はどうするか、といった細かな計画である。その後、ホワイトハウスに入ってからは、ローブはプランを次々と実行に移していく。
現在、ローブの手元には、”Long Term Planning Sessions”(長期計画期間)という表題の赤いバインダーノートがある。中身はもちろんトップシークレット。ここにはブッシュ政権における最初の一八〇日間の戦略が細かに書き込まれているという。
ローブはこのプランが、「二〇〇〇年一二月八日には完成していた」と豪語する。つまりブッシュ政権の最初の半年は、大統領に就任する前にすべて予定してあるし、今までのところは万事が計画通りに進行中だというのである。
●テキサスで始まった落ちこぼれの二人三脚
ローブは地質学者の子としてデンバーに生まれた。学業ではユタ大学、テキサス大学、ジョージ・メイソン大学に在学したものの、政治活動が忙しくてどれひとつ卒業していない。つまり大卒の資格さえ持たない変わり種である。
しかし、ローブは政治の世界で出世を遂げていく。小さなときから筋金入りの共和党員として鳴らし、一九七三年には共和党全国委員長の特別補佐官になった。このときの委員長が、のちに大統領の座を射止めるブッシュの父(ブッシュ・シニア)である。長男であるブッシュとのつきあいはこの時から始まった。年はブッシュの方が四つ上。偉大な父親や共和党エリート層に対する反発心を持つブッシュと、根っからの保守派で一種の「落ちこぼれ感覚」を持つローブは気が合ったらしい。
ふたりの二人三脚はここから始まる。七八年にはブッシュを担いで下院選に挑むも失敗。八一年にローブはブッシュの地元、テキサス州オースティンに政治コンサルタントの事務所を開く。最大のクライアントがブッシュであったことはいうまでもない。当時のテキサスは、ジョンソン元大統領の地元ということもあって民主党の強い州だった。しかし、ローブは次々と共和党の議員を誕生させていく。
一九九四年にブッシュはテキサス州知事選に当選する。以後、ブッシュのチーフ・ストラテジストとして、ローブの立場は不動のものとなる。九八年にブッシュは知事に再選、そして二〇〇〇年の大統領選挙に勝利する。「ブッシュを大統領にした男」がブッシュ政権の重要人物になるのは当然の成り行きだった。
ローブがコンサルタントとしての実績を積み重ねてきたのは、あくまでもテキサス州。ワシントン政界においては新参者に過ぎない。選挙での実績と大統領の個人的信頼だけでは、魑魅魍魎が跋扈するワシントンでは生き残れない。一九九二年のクリントン勝利をもたらした天才戦略家、ジェームズ・カービルでさえ政権発足からほどなくしてホワイトハウスを去っている。「選挙の天才はかならずしも政治の天才ならず」なのである。
しかしローブは例外のようだ。ワシントン政治における経験やコネクションについては、ほかにも優れたスタッフがいる。しかしローブは、戦略的な思考力と周到な計画性にかけては余人の追従を許さない。「ブッシュ政権は何をやるべきか」というアイデアも非常に明確だ。そして何より、ブッシュがローブの忠誠心を疑わず、意見を尊重していることが彼の地位を確固たるものにしている。
●共和党エリートに背を向けた「確信犯的保守」
カール・ローブというアドバイザーの存在を補助線とすることによって、ブッシュ政権の保守化というパズルが解けてくる。
共和党内にはいくつかの派閥がある。たとえば大企業に近く、規制緩和や自由貿易を主張する「プロ・ビジネス」派。現実主義外交や小さな政府を標榜する「ネオ・コンサバティブ」派。そして大きな政府に理解を示し、環境や教育問題に前向きな「リベラル・リパブリカン」派。
そしてローブのように伝統的な価値を重視し、強いアメリカを望み、孤立主義的心情を有する保守派は「草の根保守」派と呼ぶのが適当だろう。中絶禁止や宗教教育を主張する「宗教的右派」もこの範疇に加えていい。こういう保守派の有権者は米国南部に多く、先の大統領選挙ではブッシュの中核的な支持層になった。ブッシュ大統領とローブ顧問が目指しているのは、彼ら草の根保守派にアピールする政策なのである。
たとえば京都議定書からの離脱という決定がある。共和党の中でも、環境問題や国際協調を重視する意見は強い。だが、それは金持ちやインテリ層の意見であって、草の根保守派の素朴な印象は、「どうして米国が外国の指図に従わなければならないのか」である。しかも、米国を代表して京都会議に出席したのはゴア副大統領だった。そんな協定に縛られる必要はない、と考えるのがブッシュやローブの考え方である。
脱・京都会議の決定は、ウイットマン環境庁長官の頭越しに、ホワイトハウス主導で行われた。当初、「米国の利益を守るための条件闘争」という見方も流れたが、これは予定の行動だった公算が高い。つまりローブのバインダー・ノートの中に、最初から記入済みだった項目だと考えられるのである。
減税規模を縮小せずに予算案を提出したこと、アラスカの石油開発にゴーサインを出したこと、国家ミサイル防衛計画を大規模に展開することなども同様であろう。ブッシュ大統領を父のイメージに重ねあわせ、穏健派でプロ・ビジネスの政治家だと考えたら間違いだ。むしろ共和党のエリート層に背を向け、米国の草の根的な保守感情を共有する庶民派政治家だと理解すべきだろう。
さて、ブッシュ政権が「確信犯的な保守派」であると仮定すれば、中国に対する強硬姿勢も本物であると考えた方がいい。日本政府としても、腹をくくっておく必要があるだろう。「田中真紀子新外相は親中派」との呼び声が高い。果たして彼女は「日米同盟重視」を訴えるアーミテージ国務副長官との面談をキャンセルしてしまった。この調子では、田中外相の存在が小泉首相の悩みの種にならないとも限らないのである。
(了)
*カール・ローブ氏の写真は、以下で見ることが出来ます。
http://abcnews.go.com/sections/politics/DailyNews/rove_profile001228.html